ナナメヨミBlog

旧ナナメヨミ日記。Blogに移行しました。

内田義彦「読書と社会科学」(岩波新書,1985年)

 このブログは「ナナメヨミ日記」というタイトルで読書を通じて政治経済社会を考えることをコンセプトにしています。そうなれば当然、読書とは何か?本をどう読むか?という問題はつねにつきまといます。今回紹介する本は内田義彦「読書と社会科学」(岩波新書,1985年)です。
 

読書と社会科学 (岩波新書)

読書と社会科学 (岩波新書)

 まず、本をどう読むか?という問題では二つの読み方があるといいます。それは「情報として読む」か「古典として読む」か。「情報として読む」というのは新聞や情報誌などの読み方、新しい事実や知識を取り入れる読み方ですね。「古典として読む」とは、「自分の眼の構造を変え、いままで眼に映っていた情報の受けとり方、つまりは生き方が変わる」、そういう読み方です。ここで問題としているのは古典をどう読むか?です。

 古典として読むとはどういうことか。まず第一に古典は一読明快ではない、二度読めば変わるのが古典です。第二にどう読むかで読みが違ってくる。ぼやっとして読んでもダメ、踏み込んで文章と格闘して初めて中身が分かってくるのが古典です。第三に人によって読み取り方、受け取り方が違ってくる、古典はていねいに読み込むほど読み方が個性的になるものです。

 ではどうやって読みを深めるか。古典を勉強会・読書会などで読みすすめていくと、各人バラバラな読み方だったのが最大公約数的な共通認識にいたるようになる。しかし、さらに読み深めると各人各様の理解に到達していく。そこに古典の面白さ・奥深さがあるわけですね。しかし、勉強会・読書会では最大公約数的な一致を狙うことを目標にしてしまいがちです。一致した認識に到達することを目指してしまう。各人の個性的な解釈を排除しないと「客観的・正確」にならないという思い込みがあるからですね。そうならないよう注意しないといけない。

 そして、本を読むからにはまず「信じてかかれ」。学問というと批判的に物事を考える、とにかく批判しようという発想がありますが、なんでも疑えばいいというわけではありません。「疑いの底に信ずるという行為があって、その信の念が「疑い」を創造に生かしている」、疑う前に著者を信じないといけません。そして、自分の読み方に対する信念があってこそ、「疑問」がはっきりとした形で起こり、探索につながっていくのです。著者に対する信はいるとはいえ、自分を捨てて著者にもたれかかってもいけません。この「信」がなければ、適当に読み飛ばす・粗読になってしまいます。「ナナメヨミ」ではいけないわけですね。反省させられます。
 著者に対する信と自分に対する信という「二つの信念に支えられて念入りに、注意深く事実を見るという行為があって初めて、「疑い」が現実に学問的探求の母となるのであって、その裏打ちがなければ、疑いは、漠然とした、消極的で不毛なフィーリングに終わって、本文解読の積極的な活動を生む源にはなってきません(P42)」。疑問というのは漠然とした形では学問的探求・探索につながらない、はっきりとした裏打ちが必要になるわけです。

 また、踏み込んで深く読むためには、ちゃんとした本を読む必要があります。「へなちょこ本」ではダメです。みだりに感想文を書くな、感想文を書くための読書では本末転倒、「他人向けの」「手際のいい」感想文に向かって本を読む癖がついてしまうからです。

 以上が「読書と社会科学」の前半部分のまとめです。後半では、社会科学の概念装置をどうやって自分のモノにするか?について書かれていますが、ここでは触れません。私なりに思うのは、本をきっちりと読むには著者・著書に対する信頼がないとダメなんだなということです。言い換えれば、信用できない人物の著書、信用できない人物がおすすめする本を読むことは避けたほうがいい。読んだところで、「疑ってかかっている」わけだから情報のつまみ食い程度にしかならなくて、得るものが少ない。もちろん、情報を得るため・批判するために、あえて対立する立場の著書を読むことはありますが、それ以上の価値はない。人生の時間は限られている以上、信頼できる本を読むことが大切であり、本選びが重要になるのだなと考えさせられました。古典に取り組むのはじっくり読む時間的余裕・精神的余裕がないので大変なんですが、チャレンジしてみたいと思っています。このブログでも取り上げてみたいですね。

藤田弘夫「都市の論理」(中公新書、1993年)

 大阪都構想・大阪ダブル選挙・橋下維新の問題を考える切り口として、前回は関西ローカルメディアの内情についての本を紹介した。今回は「都市」をめぐる問題を巨視的に考えるきっかけとして藤田弘夫「都市の論理」(中公新書、1993年)を紹介したい。


都市の論理―権力はなぜ都市を必要とするか (中公新書)

都市の論理―権力はなぜ都市を必要とするか (中公新書)


 この本では冒頭、問題提起がなされる。現在進行形の問題であるアフリカの飢餓、歴史に残る飢餓(江戸の飢饉など)はいずれも農村部で起こっている。一方で食糧を生産していない都市での飢餓は(戦争中で劣勢のときを除いて)ほとんど存在していない。なぜ、食糧を生産していない都市で飢餓が発生しないのか?そして、都市では負け戦の時に限って飢餓が発生するのはなぜか?この問題提起を糸口にして、都市とは何か?を考察している。

 私たちの素朴な発想では、農村は生産した食糧のうち自家消費分を除いた余剰分を都市に送っていると考えがちである。そして、農業の生産性が向上することで、食糧生産に従事しない人を食べさせる余力ができて都市が発展していった、そういうイメージがあった。しかし実際には違う。都市に供給される農作物は「絶対的余剰」である必要はない。農村が自家消費にどれだけの食糧を必要とするかは考慮されず、都市が必要とする食糧の供給が優先される。不作のときは農村の自家消費分を削ってでも「社会的余剰農産物」として食糧が都市に供給される。だから食糧を生産しない都市で飢餓が発生しない一方で、農村では飢餓が発生する。そもそも農作物の絶対的余剰があるかどうかが疑わしい地域(アフリカの都市)、時代(古代の都市)でさえ、大都市が成立していたのである。現在の北朝鮮でも首都・平壌の市民は裕福な生活を送っているのに、農村では餓死者がでている。自家消費分の食糧を奪われる立場の農民は全力で抵抗するはずであるにもかかわらず、都市は存続して農村は飢餓になる。なぜそうなるのか?それは「権力」がはたらいているからである。そして「権力」の力が弱っている時(=戦争で負けているとき)に限って都市は食糧を調達できず飢餓になる(勝ち戦の場合は飢餓と無縁である)。「権力」(人々を支配し、人々の欲求を保障する力)によって建設され、権力の「統合機関」(行政機関・企業・宗教施設・教育機関医療機関)が集まっているのが都市なのである。都市は城壁によって安全が保障され、宗教施設や行政機関、記念碑、劇場などの巨大建築物が権力を誇示している。権力機関はその力を発揮するために、都市を建設し、舞台としての都市の威容をととのえ、儀式や祭典によって権力の存在を知らしめる。具体的事例はこの本の中盤〜後半で詳しく解説されている。

 そして、もう一つ問題がある。都市の権力者・支配者が飢えないのはわかるが、都市に住む一般市民にも飢餓がないのはなぜなのか? そのポイントは飢餓に対する農民と都市部の市民の反応の違いである。農村での飢餓は「不作・凶作」という自然現象の問題だと農民は考え、「運が悪かった」と諦めることになる。一方で都市での飢餓は「食糧の分配機構の問題」=「政治・社会の問題」だと解釈されるので、市民は権力者・支配者を告発して転覆させようとする。時の権力者・支配者は、みずからの地位を守るために権力を用いて、都市の市民の食糧確保に全力で取り組むことになる、だから飢餓が発生しないと説明されている。

 ここでいう「権力」とは政治権力だけでなく、経済・娯楽・医療・教育・宗教など、「人間を支配する一方で欲求を保障する」あらゆるものが含まれている。権力の強い都市はさかえ、権力が衰えると都市も衰退する。「権力によって都市が作られる」という切り口は、都市のあり方を考えるヒントになる。言い換えれば、「権力」とは何か?それを突き詰めることで都市とは何か?を考察することもできるのではないか。この本で提示された切り口は「大阪という都市をどうやって活性化するのか?」という問題を考えるヒントにもなる。

松本創「誰が『橋下徹』をつくったか」(140B、2015年)

 大阪ダブル選挙から1週間が過ぎた。吉村新市長・松井知事は「都構想」再挑戦を表明し、住民投票否決によって解散した「府市統合本部」に代わる「副首都推進本部」を設置する方針である。「市民切り捨て、住民自治壊し」が本質の「都構想」はなんとしても止めなければならないと思う。橋下維新に対抗するにはなぜ橋下維新がこれほどまでの影響力を持つようになったのか、その背景を知る必要がある。ダブル選挙に照準を合わせて橋下維新・都構想関連の本がいくつも出版された。今回紹介するのは松本創「誰が『橋下徹』をつくったか」(140B、2015年)である。

誰が「橋下徹」をつくったか ―大阪都構想とメディアの迷走

誰が「橋下徹」をつくったか ―大阪都構想とメディアの迷走

 著者の松本創は元神戸新聞記者で現在はフリーランスの記者である。橋下維新をめぐるメディアの動きがテーマになっている。過去のネット記事が中心になっている。関西ローカルのテレビ番組(特に情報番組)を見る機会の多い人には橋下人気を主導したのがテレビ局だというのはわかるが、そうでない人・関西以外の人にはなぜ橋下がこれほど人気なのか分からない人も多い。この本を読めば、関西のテレビ局が作り出した「空気」によって橋下人気が作られていったというのが理解できるだろう。
 私もこのブログで橋下維新を生み出した背景としての関西ローカルのテレビ報道・情報番組について書いたことがあるが、キーワードは「身内意識」である。テレビタレントとして引っ張りだこだった橋下はテレビ関係・芸能関係の人脈が幅広い。やしきたかじん島田紳助といった大物に気に入られていた。トミーズ雅やハイヒール、たむらけんじといった中堅・ベテランクラスとの親交も深い。大阪の情報番組にはたいていお笑い芸人がコメンテーターにいて、ニュースを流したあと彼らがいろいろとコメントをする。橋下と仲のいいお笑い芸人にとって「身内」である橋下に対するコメントは擁護・絶賛一色になる。政治や行政の仕組みに関する知識・問題をすっ飛ばして、橋下の姿勢・物言い・態度に好感・親近感をもっているのである。橋下のパフォーマンスとは芸人が観客・視聴者を巻き込むパフォーマンスと同じだから、「自分たちと同じように振る舞う」そのパフォーマンスに引き寄せられるのである。
 同様にテレビ局記者も「橋下徹」という視聴率の稼げる「美味しいコンテンツ」を手放したくないと考えて、橋下に対する鋭い批判・指摘よりも、橋下を持ち上げて取り入ろうとするようになる。これまでの政治家と違って毎日取材に応じてくれる橋下はありがたい存在であり、記者の中には「橋下といっしょに役所を改革している」という「身内意識」「同志意識」「連帯感」をもつ者が多くいたという。自分の商品価値を熟知している橋下は「取材拒否」という切り札を利用して新聞記者・テレビ局記者を巧みにコントロールし、橋下に対する批判を許さない空気を作り上げていく。橋下を商売に利用しようとした記者達はいつしか橋下に利用される「御用メディア」になってしまったのである。批判や都合の悪いことを言う記者に対してはツイッターYouTubeといったネットメディアを使って吊し上げを行い、それを見た橋下シンパたちが橋下に同調して罵倒コメントを書き連ねたり、新聞社やテレビ局に抗議を入れるようになる。ジャーナリストである前にサラリーマン・会社員である記者達にとって「会社・組織に迷惑がかかる面倒ごと」はなるべく避けたい。こうして橋下維新をめぐる報道から批判は消えていき「両論併記」が精一杯になってしまった。


 私達が考えなければならないのは、橋下が「言論の自由」「民主主義」「地方分権」といったメディアが批判することなく持ち上げてきた言葉を武器にしてメディアを乗っ取り、「言論の自由」「民主主義」「地方分権」を壊そうとしていることである。「言論の自由」を武器にしてメディアに圧力をかけ、「民主主義」を武器に選挙と多数決を絶対視して議論を封殺し、「地方分権」と言いながら首相官邸の圧力を利用して地方政治を捻じ曲げようとするのが橋下なのである。なんとなく「言論の自由は素晴らしい」「民主主義は素晴らしい」「これからは地方分権の時代だ」という価値観を刷り込まれているところに橋下が登場して、これらの言葉が骨抜きにされてしまった。メディアの作法を知り尽くしている橋下とメディアの価値観を刷り込まれている視聴者が強力に結びついて、橋下人気を作り上げることになった。メディアの作法にのっとって動く橋下をメディアは的確に批判することもなく現在に至っている。私たちは「言論の自由」とは何か、「民主主義」とは何か、自分たちの言葉で語り、その意味を問い直す必要がある。橋下維新のあり方を的確に批判するための「土台」は言葉である。その言葉が揺らいでいる状況では対話が成り立たない。メディアと権力が一体化した今の大阪では、市民がメディア=権力連合を突き放すパワーを持たなければいけない、そう考えさせられた。

「反維新」「オール大阪」の総括と今後の展望について

 前回に引き続いて大阪ダブル選挙について考える。選挙後、報告集会に参加する機会があった。そこで口々に語られたのが「反維新」「オール大阪」陣営は「訴えにくさ」を抱えながら選挙を戦っていた、ということである。維新陣営が「過去に戻すか、前に進めるか」というキャンペーンをはり、自民・共産の「野合批判」を繰り広げる中で、「反維新」はその釈明に追われる、守りの選挙戦になってしまったことは否めない。自民、民主、共産、いずれの政党も支持層を固めきれず無党派層への広がりに欠く結果となった。では、どうすればよかったのか?その答えは前回記事で挙げた敗北の要因とつながっている。


1、「都構想」住民投票と大阪ダブル選挙
 もっとも問題だったのが5月の住民投票の反対票70万票が今回のダブル選挙の「柳本」「栗原」票に結びつかなかったことにある。なぜか?それは住民投票の反対票には「橋下は支持するが、都構想は支持しない」「橋下や都構想は支持するが、今回の都構想案には反対」「よくわからないから反対」といった(状況や理解の度合いによっては賛成になりかねないような)「弱い反対票」がたくさん含まれていたからである。住民投票で都構想が否決されると市民の多くは都構想のことは忘れてしまって、今回の選挙を迎えた。選挙戦では維新は「過去に戻すのか」「反維新は野合」などとキャンペーンを繰り広げ、市政4年間の教育予算を増やした、公務員の給料を下げたなどの実績アピールに走った。争点が「維新市政の継続か否か」になってしまって「問題だらけの都構想を再び掲げる」ことが争点にならなかった。「都構想」の本当の問題は「大阪市民の税収が大阪府に吸い上げられ、大型開発・成長戦略のインフラ整備に使われる。一方で住民サービスは切り捨てられる。街づくりや市民サービスの予算・権限を大阪府に奪われ、住民自治が破壊される」という「市民切り捨て、住民自治壊し」にある。都構想の本質について理解が深まれば「バージョンアップされた都構想」で何であれ、都構想はダメ=維新はダメと考える市民は増えただろう。しかし、そうはならなかった。「反維新」陣営は当初、「都構想はもう終わった話」として都構想批判よりも「強い経済、教育」などをテーマに選挙活動を繰り広げた。都構想を争点から外したことで維新の本当の問題点について理解が広がらず、維新の繰り広げる攻撃に受身で釈明に追われる結果になってしまった。「弱い反対票」の多くは住民投票のことは忘れて「吉村」「松井」に投票するか棄権するかした。一方で住民投票で反対に投票した人で、今回のダブル選挙の争点を都構想だと見ていた人は、ダブル選挙を住民投票の延長線上にあるとみなして「柳本」「栗原」支持に回った。「都構想」こそ維新の最大の弱点であると見抜けなかった「反維新」「オール大阪」の主張のわかりにくさ・迷走が今回の選挙戦を決定づけた。
 今後の展望を考えると「都構想」=「市民切り捨て、住民自治壊し」こそが本質だということを徹底的に広めることが重要になる。地名が変わるとか区役所が遠くなるとか××区とくっつくのが嫌だとかいったのは都構想の本質的問題ではない。都構想では大阪の未来は切り拓けない、それどころか市民が切り捨てられ民意も届かない「暗黒の自治体」になってしまう、「巨大開発の失敗」を再び繰り返すだけになる。都構想の本質的問題点を広めて問題だらけの都構想を看板政策に掲げる大阪維新は市民の立場にたった政党ではないということを浮き彫りにしていく必要がある。

2、十分に機能しなかった「オール大阪」
 「オール大阪」の足並みをどうやって揃えるか?これも課題である。足並みがそろわなかった理由は自民党首相官邸(安倍、菅)と党本部・大阪府連で温度差があり、さらに党本部も維新との取引を画策するなど自民党内部がバラバラだったことが大きい。候補者を擁立しておきながら、党の内部に足を引っ張る人がいるようでは選挙戦を戦うのは大変だった。公明党には「公明選挙区」を巡って維新への配慮があり、民主・共産は国政で対立する自民党の候補者を支援することへの抵抗感があった。こういった足並みの乱れをどうやって克服するか?それは「国政で対立している政党が協力せざるを得ないほど維新・都構想に問題がある」という「維新の特殊な危険性」を浮き彫りにしていくことしかない。その点で1番目に指摘した都構想の本質を広めることが重要になる。

3、「改革」「新自由主義」的な路線を支持する世論
4、橋下維新の暴走を許したメディアの責任
 これらはいずれもメディアの問題と捉えることができる。「新自由主義」路線を礼賛し、橋下の攻撃的な暴言や強権的振る舞いを「リーダーシップ」「突破力」「発信力」などと持てはやしてきたのが現在の橋下人気、維新人気に結びついてきた。これを覆すのは並大抵ではない。私たち市民にできるのは草の根の運動、市民との対話、ブログやSNSなどインターネットの活用によって旧来のメディアを包囲していくことしかない。幸いにも最近は「テレビ離れ」している人が増えてきている。「テレビ離れ」がテレポリティクス(テレビ政治)脱却のきっかけになる可能性は十分にある。また、テレビによる維新偏向報道に対して抗議の声を上げていくことも効果的だろう。とにかく、地道な努力が必要になる。重要なのは「橋下の手法を取り入れよう」と考えないことである。暴言や対立によって注目を浴びる手法を駆使して橋下に対抗しようとすれば、攻撃の応酬になり市民の分断・対立をさらに深めるだけである。そこに民主主義的議論や対話の可能性は存在しない。あくまでも地道にコツコツと広げていくしかないように思う。


 以上、とりとめもなく思うままに書き連ねたが、これから注視すべきは橋下の動向だろう。テレビ局が橋下人気をあてこんでテレビ番組に起用したり冠番組を持たせるようなことになれば橋下の発する「毒」が大阪の市民にますます広がっていくことになる。公共の電波を特定の政党の指導者である橋下氏に乗っ取られることを許さないよう、抗議の声を上げることも必要になるだろう。

大阪ダブル選挙を総括する〜なぜ「反維新」「オール大阪」は敗れたのか

 昨日11月22日、大阪市長選挙大阪府知事選挙の「大阪ダブル選挙」の投開票がおこなわれ、市長は吉村洋文(大阪維新推薦、新人)、知事は松井一郎大阪維新推薦、現職)が当選し、大阪維新が「2勝」する結果に終わった。投票が締め切られた午後八時にNHKは当選確実のニュース速報を流した。開票結果は市長選挙では吉村59万6045票、柳本40万6595票と約19万票差、知事選挙では松井202万5387票、栗原105万1174票と約97万票差、いずれも大差での維新の勝利になった。今回は「反維新」陣営の運動に関わった立場から、なぜ「反維新」「オール大阪」が敗れたのかを分析していきたい。


 結果の分析をする際、僅差の勝敗なら細かい選挙戦術論に原因を求めただろうが、これほど大差の結果になると広い視野をもって分析をしないといけなくなる。私は今回の「反維新」「オール大阪」敗北の背景として以下の4点を指摘したい。
1,「都構想」住民投票と大阪ダブル選挙
2,十分に機能しなかった「オール大阪」
3,「改革」「新自由主義」的な路線を歓迎する世論
4,橋下維新の暴走を許したメディアの責任



1,都構想住民投票と大阪ダブル選挙
 ご存知の通り、5月17日の大阪市の廃止分割を決める「都構想」住民投票では反対派がわずか1万票差で勝利した。橋下市長は政界引退を表明し、都構想とは別の方法で「二重行政解消」を目指すとして自民党の提案した大阪会議を設置した。しかし大阪会議では入り口論で橋下・松井が対決姿勢をみせて話は平行線、なんの議論も進まなかった。大阪維新は大阪会議を「ポンコツ会議」だと罵り、「都構想再挑戦」を表明した。9月以降の各種世論調査では都構想賛成が反対を上回り、都構想再挑戦に理解が広がっていった。それが今回の選挙結果につながったとの見方がある。いわく「自民党が改革に後ろ向きだから」「やっぱり話し合いでは解決できないじゃないか」と。都構想で反対に投じた市民が「反維新」の後ろ向きな姿勢に失望して、維新支持・都構想支持に転じたという見方である。私はそうは思わない。なぜなら、都構想で反対に投じた市民には「今回の都構想の区割り案には反対」「議論が尽くされていない、不十分だから反対」「維新の改革には賛成だが、大阪市がなくなるのは寂しいから反対」という「橋下維新支持、都構想反対」「橋下維新支持、都構想支持、だけど今回の都構想の案には反対」といった市民が少なからずいたからである。だから、住民投票以後の政治的動向で有権者が変化したというよりも、5月17日の都構想の案が消滅したことで、橋下支持・都構想支持というもともとの世論が再び表面化したに過ぎない。私が有権者に接してきた限りにおいては、都構想反対派が考えを変えたという印象はほとんどなかった。橋下支持・都構想支持の人が「5月17日の都構想案」には反対をした、ただそれだけなのである。だから、今回の大阪ダブル選挙はもともと「反維新」には苦しい戦いだった。住民投票の反対票が少しでも維新支持に流れれば「反維新」に勝ち目はないからである。しかし、「反維新」陣営には橋下支持・都構想支持だけど反対に投じた市民をどうやって「反維新」に転じさせるか、説得力のある議論はできていなかったし、そもそも、そういう問題意識自体がなかったような印象があった。住民投票で決着したと勝利の余韻に浸って、市民世論を直視できていなかった活動家は多くいた。


2,十分に機能しなかった「オール大阪」
 住民投票では自民・民主・共産が反対を表明し、公明党も当初は様子見ムードだったが、途中からは反対の立場でポスターを張り出すなど各政党が反対で一致して活動をすすめていた。さらに町内会や一般市民の間にも反対の声が高まり、大阪市がなくなるという危機感から立ち上がった市民は多くいた。お手製のポスターやビラを作ったり、「反対に投票して」と声をかけて回る市民は多くいた。それがまさに「オール大阪」と呼ぶにふさわしい盛り上がりを見せ、維新による巨額の資金を投じた広告戦略や全国動員、橋下の「ワンチャンス」連呼に煽られた市民による賛成に打ち勝つ原動力となった。しかし今回のダブル選挙はどうだっただろうか。自民党は「自民支持層が都構想賛成に流れた」という点を重視して、「自民党色」を強めることで自民支持層を取り込もうという戦略に出た。候補者も市長・知事ともに自民党の現職地方議員を擁立した。大都市の首長選挙としては異例である。他の政党も「自民党はしっかりしろよ」という考えだったので、「自民党色」を強めることに反対はしなかった。しかし結果的には肝心の自民党支持層の取り込みはほとんどできず、むしろ共産党民主党支持層の棄権を招き、無党派層へ広がりも欠く結果となった。公明党は国政選挙での「公明選挙区」に維新が候補を立てることを恐れて、ダブル選挙では消極的な姿勢をみせた。市議レベルでは柳本支援に回った人もいたし、公明支持層の多くは柳本に流れたとはいえ、表立った活動はほとんどなく集票マシーンとして機能することはなかった。共産支持層は「反維新」に理解を示す一方で、自民党候補の支持への抵抗感、政策的に合わない、維新も自民も(保守政党という点では)一緒じゃないか、という批判もあり、維新に流れた有権者は少なかったとはいえ棄権した支持者はいた。選挙で「自民色」が強まるにつれ、その傾向は強まった。数が少ない民主党支持層にも似たような傾向はあった。そして何よりも、住民投票の時に見られた「市民の危機感」「市民が立ち上がる」といった場面がほとんど見られなかった。住民投票の時には熱心に反対を訴えた(活動家でも何でもない)普通の市民は多くいたが、今回のダブル選挙では危機感を持つこともなく選挙を話題にすることもあまりなかった。これまでも大阪維新が市長・知事であり、「これまでの維新の政治が続くだけ」なので危機意識が乏しかった。「オール大阪」の各党は自分たちの支持層を固めたり、公明党や安倍シンパの自民議員のように政局・中央政界を気にして動いたりするばかりで、幅広い市民を巻き込む・無党派層を取り込むことができなかった。


3,「改革」「新自由主義」的な路線を支持する世論
 これはもうずっと続いている現象である。旧来の業界団体や地域団体からの支持を受ける保守政治を「既得権益・利益誘導」と攻撃し、福祉・医療などを重視し労働者の権利を尊重する革新政治を「バラマキ政治、公務員の守護神」などと攻撃するのが「改革」「新自由主義」路線である。小泉自民党新自由主義路線で人気を集め、その後は「改革が後退した」から自民党は支持を失い民主党政権交代民主党が失敗すると維新・みんなの党などの「第3極」政党が「改革」政党として支持を集める、勝利する政党はその都度違えど「改革」を押し出した政党が支持を集め、消極的な政党は支持を失うという点は一貫しているのである。大阪維新もその流れにのって出てきた政党である。他の地域では自民党が「改革」路線を主導しているが、大阪では自民党人気自体がもともと低調だったため、自民党府議松井一郎らが人気者・橋下を担ぎ出して自民党を飛び出して大阪維新をつくった。大阪維新自民党に対して敵対的な路線をとったがために、両者の対立が抜き差しならないものになり、「大阪自民党」は旧右派的な協調・対話重視と「改革」路線の両方を併せ持つ政党になっている。「改革」「新自由主義路線」は都市部中間層に根強い支持を持ち、財界・アメリカの意向とも一致するためマスコミが正面切って批判することはまずない。そういう「改革」にたいする抵抗力のなさ、むしろ歓迎する世論が維新の支持につながっている。


4,橋下維新の暴走を許したメディアの責任
 橋下はテレビを最大限利用し尽くした「テレビ政治家」「テレビの申し子」と呼ぶべき存在である。タレント弁護士としてどうすれば「テレビ受け」できるかを研究し露出度を高め、立ち回ってきた橋下をメディアは「視聴率を稼げるおいしい存在」「コンテンツ」としてもてはやしてきた。その責任は重い。詳しくは今月出版されたばかりの松本創「誰が「橋下徹」をつくったか」に書かれている。近いうちにこのブログでも紹介する。

誰が「橋下徹」をつくったか ―大阪都構想とメディアの迷走

誰が「橋下徹」をつくったか ―大阪都構想とメディアの迷走

長くなってきたので「反維新」「オール大阪」陣営はどうすべきだったのか?今後どうすべきなのか?については次回の記事に回します。

大阪ダブル選挙の争点とゆくえ

 いよいよ大阪ダブル選挙(大阪市長大阪府知事選挙)がスタートした。大阪市民である私は定期的に大阪維新・橋下政治の問題について取り上げてきたので、ダブル選挙について触れないわけにはいかない。今回の選挙の争点、そして今後の大阪の政治のゆくえについて考察してみたい。

 まず、今回の選挙の争点は「大阪維新・橋下の政治手法の是非」であり「大阪市を廃止する大阪都構想の是非」である。

 橋下氏は知事・市長時代を通じて、対立と分断を煽る「劇場型政治」によって注目され支持を集めてきた。空港政策をめぐって霞ヶ関を「ぼったくりバー」とののしり、「クソ教育委員会」などと暴言を吐いた。それでも知事時代はその対象は国や教育委員会などの組織に対してであったが、市長になってからは「大阪市民はぜいたくをしている」などと市民サービスを受ける市民を攻撃したり、地域振興会への攻撃など市民にたいするレッテル貼り・暴言が相次いだ。レッテル貼り・暴言によって「炎上」させて観客席にいる市民の支持を集めて強引に政策をすすめるのが橋下の政治手法であった。そこでは本来重視されるべき議会や住民との合意形成は意識的に軽視され、対立と喧嘩ばかりがクローズアップされることになった。このやり方は「テレビの視聴者」として「観客席」から眺めている市民にとっては「面白い見世物」であり「わかりやすさ」「リーダーシップ」「実行力」を印象付けることになるが、まきこまれた当事者たる市民にとっては市民サービス削減による不利益だけでなく、自分たちの意見を聞き入れてもらえない疎外感・無力感にさいなまれ、「市民の敵」「既得権益層」として攻撃されるまでなった。住民の間に対立と分断を持ち込む大阪維新の政治手法は、地域との関わりの薄い「若年・中年ホワイトカラー、新規移住組の都市部中間層」「地域や社会から疎外されていると感じる貧困層」という二つの支持層を中心に支持され、「大阪発の政治運動」という大阪ナショナリズムの意識が下支えすることになった。
 このような大阪維新・橋下流の政治は短期的には行政コストの削減や自らの支持率上昇など大阪維新・橋下にとってのメリットがある。既存の政治に不満をもつ維新支持層にとって重要なのは「短期的に目に見えるわかりやすい成果」であり「閉塞感を打ち破るかのような変化」である。だが、長期的に見れば市民サービスカットによる市民生活の悪化や地域活動の停滞、文化の衰退をもたらす。こういったものは「長期的で数字では表しにくい」ものであるがゆえ、「目に見える成果」を重視する劇場政治では軽視されることになる。さらに、橋下政治が長期化することによって大阪市民の中には橋下のようにふるまう市民(対立する意見・市民を激しく攻撃し、市民の分断・対立を煽る)が出現し、市民の間では政治に関する話題・議論を控える風潮が広がり市民を萎縮させている。
 今回のダブル選挙は「大阪維新・橋下流政治」を終わらせて、「政治の正常化」を実現しなければいけない選挙である。そう考えると「右とか左とか」言っている場合ではないのが今の情勢である。従来的な「保守vs革新」という枠組みで市民本位の政治をめざすべきというのが私の考えだが、現状は革新勢力にそこまでの力がなく民主主義政治自体が危機にさらされているので、保守・革新の垣根を越えて民主主義的な合意形成・協調による政治を取り戻すことが最優先になるだろう。

 そしてもう一つは「大阪市を廃止する大阪都構想」の是非である。この大阪都構想では大阪市民の市民サービスのために使われる財源が大阪府に取り上げられ、カジノなどの大型開発や法人減税・補助金などに使われるため、市民サービスは確実に低下する。大阪維新は「自民党による過去の巨大開発の失敗」を批判するが、結局は「自民党に代わって大阪維新大阪府大阪市一体となって巨大開発すればうまくいく」と主張している。これは「巨大開発そのものの失敗」を認めず、行政組織や政党の問題へのすり替えであり、大阪維新による新たな利権政治を生み出すだけである。
 大阪都構想には「市民サービスに使う財源・権限を市民から奪う」という仕組みが最初からビルトインされているので、区長や区議会議員を選挙で選べるようになったところで市民サービスの向上など望むべくもないのである。大阪市議会で明らかになった「二重行政削減の効果額」がほとんどないことと合わせると、大阪都構想は住民にとってメリットがないことは明らかである。
 にもかかわらず、対立と分断を煽り、反対する市民を「市民の敵」だと攻撃する大阪維新・橋下によって、都構想は「市民vs既得権益」の問題にすり替えられ、メディアもまともに報じず、巨額の費用を投じた維新の広告宣伝により多くの市民が「政治の変化」「閉塞感の打破」を期待して賛成に投じることになった。それでも反対が勝利したのは市民の良識が残っていたことの表れであるが、本来なら大差で否決されてもおかしくない問題だらけの構想が僅差にとどまったことに民主主義の危機が現れている。ウソをついてでも、市民をペテンでだましてでも、選挙に勝てばなんでも構わないという大阪維新・橋下政治の総決算が都構想の住民投票だった。このような政治を終わらせることなくしては、まともな議論はできないと断言できる。

 とはいえ、大阪維新以前の政治にも問題点があった。それは巨大開発の失敗であり、職員厚遇・不適切なコネ採用であり、各政党の票田ではない都市部中間層の軽視である。自民・公明・民主・共産といった各政党が組織内部を固めることに躍起になる一方で無党派層である都市部中間層を軽視したことが、「反既成政党」の大阪維新・橋下を生み出すことになった。都市部中間層をどうやって地域活動・市民活動の担い手として参加させるか、「政治からの疎外」を起こさせないか、大阪の民主主義を鍛え上げることなくしては「大阪維新、橋下的なるもの」からの決別はできないだろう。そのためには政党・市民の地道な努力が必要になるだろうし、専門家・有識者の知見も結集することが必要になるだろう。

 今回のダブル選挙で「大阪維新・橋下政治」を終わらせる、これに尽きる。

大阪経済の活性化をどうするか

 大阪ダブル選挙の争点は大阪維新の政治手法、大阪都構想の是非である。一方で大阪経済をどうやって活性化させるかについては、自民・維新両者ともに巨大開発・インフラ整備や国際的イベント(万博やスポーツイベント)を掲げているため、大きな違いがない。選挙公約を見て私は非常にがっかりした。なぜなら、インフラ整備や国際的イベントというのは新興国発展途上国が先進国にキャッチアップするためにとる政策だからである。確かに大型港湾や高速道路、高速鉄道といったインフラの開発余地はあるとはいえ、インフラがないがために大阪経済が地盤沈下しているのかといえばそうではない。そもそも大阪経済がなぜ低迷しているのかということから議論を始めたい。
 大阪経済の低迷を分析するために、東京・愛知・大阪の三大都市を比較してみたい。そもそも1960年代までは大阪は東京・愛知以上に経済成長率の高い地域であった。鉄鋼・化学などの重化学工業から電機・繊維などの製造業、卸売小売・商社・金融など、あらゆる分野の一流企業が大阪に本社を構えていた。その大阪の地盤沈下が始まったのは1970年代に入ってからである。ひとつは重化学工業が公害対策のために厳しい環境規制をかけられたり、工場立地規制による大阪府外への工場移転である。もうひとつは高度成長が終わったことで大企業が拠点統廃合をすすめたり、許認可・租税特別措置などを受けるために中央官庁と連携しやすい東京への本社機能流出がはじまった。マスコミ・広告出版も東京に集中しているため、プロモーション活動をすすめる上でも東京に本社機能を立地するメリットが出てきた。さらには金融・証券業が東京中心になったため、資金調達・財務と言った面でも東京で活動することが必要になる。法務・財務・広報・人事、あらゆる部門で「大阪本社では情報が入ってこない、業界の流れに取り残される」ということになり東京への一極集中が加速した。
 そして1980年代以降になると、東京では企業のシステム開発などの情報通信やサービス業など、第三次産業の比重が高まっていく。こういった新しい産業へのニーズは東京に偏っていたため、さらに東京一極集中がすすむ。その後のインターネット関連企業や各種新興ビジネスも軒並み東京に拠点を置くことになった。経済・政治・文化芸術・マスコミ・学問などあらゆる分野で日本の中心たる東京は企業・人・カネを全国からひきつけ、経済成長を続けている。
 一方で、愛知県はトヨタ自動車を中心とする自動車産業が強い地域である。自動車産業は高度成長が終わった1970年代以降も強い国際競争力をもち、21世紀に入ったいまでも衰えるどころか、過去最高益をあげる力を持っている。製造業の空洞化が叫ばれる日本で、製造業の中心にあるのが自動車産業である。バブル崩壊以降も自動車産業に支えられた愛知県は全国平均を上回る経済成長率を見せている。
 東京が首都の強みを生かした一極集中と産業構造転換によるサービス産業によって繁栄し、愛知は自動車産業の高い競争力によって繁栄している。それに比べて大阪はどうか。金融や情報通信や広告出版、マスコミといったサービス産業は大阪では振るわず、製造業中心の産業構造が続いたままである。そして、その製造業は重化学工業や電機・繊維が中心であり、これらの業種はいずれも円高による産業空洞化・新興国との価格競争にさらされることになった。自動車産業のような円高新興国の台頭に打ち勝てる業種が少なかったため、大阪の製造業は衰退する一方である。パナソニックは巨額赤字で工場再編を余儀なくされ、三洋はパナソニックに買収され消滅、シャープは液晶テレビで急成長したものの中国・韓国との価格競争にまきこまれて倒産寸前である。産業構造の転換も進まず、製造業の国際競争力も弱い。それが大阪経済の抱える課題である。
 ここで大阪のとるべき戦略は二つある。ひとつは東京型のサービス産業・新しい産業の育成・支援であり、もう一つは愛知型の既存製造業の競争力強化、ものづくりの街・大阪の再生である。その経済戦略をすすめるために必要なのは何か?大阪府は大企業の本社機能の流出を避けるためや工場立地のために補助金や優遇税制などの政策をとったが効果はなかった。なぜなら、大企業にとって本社をどこにおくかは企業の存続をかけた重大な意思決定であり、判断ミスは企業の存続にも関わる問題である。そのため自治体の補助金や優遇程度では本社機能立地の決め手にはなりえない。一時的なカネをバラまくよりも、都市としての付加価値を高める政策こそが必要になる。
 私が提案するのは、大学の大阪市内中心部への誘致である。大阪市政令指定都市のなかでは大学・学生数が非常に少ない。新しい産業を立ち上げるには若い優秀な人材が必要になるが、学生の少ない大阪では人材確保が困難である。さらには大学は周辺に学生街をつくり、多くの学生が活動・生活することで地域が活性化される。また、大阪市民・府民の学力向上も必要になる。新しい産業への転換には教育の重視、子どもの貧困をなくすといったところから地道にはじめることが必要だと思う。シャープに立地補助金を出したところで、経営難になればすぐに撤退してしまう。教育こそ長期的視点で都市を再生する第一歩になるだろう。
 もう一つは文化レベルの向上である。「高付加価値化」という時、技術のハイテク化や生産の効率化などサプライサイドの技術革新がクローズアップされるが、いくら高付加価値な製品を作ったところで消費者に付加価値が認められなければ価格競争に陥ってしまう。そうならないためにも消費者たる市民の文化レベルを上げることで「良いものの価値を認める文化」を醸成することが重要になってくる。たとえば「泉州タオル」は大阪の特産品だが知名度はあまり高くない。泉州タオルの良さを知らない市民ばかりならただのタオルとして扱われコモディティ化して価格競争に巻き込まれて泉州タオルの製造業者はいくら高品質なタオルを作ったところで認められずに潰れてしまうだろう。しかし、その良さを認める消費者が増えれば、高品質な泉州タオルはただのタオルではない価値をもった商品として認められ、タオル製造業も存続できる。大阪にはなんでもかんでも安いものがいいものだ、安く買うことが偉いという風潮があり、それが地場産業の高付加価値化を阻害しているのではないかと思う。タオルにしてもその歴史・伝統などの知識がある人にとっては、さらに価値のあるものに感じられる。消費者の文化・教養・知識のレベルを高めることが高付加価値なものづくりを後押しすることになるのではないだろうか。また、高付加価値のものづくりに欠かせないのが国際競争に巻き込まれないことである。世界中で流通する製品・サービスのナンバーワンブランド(iPhoneGoogleなど)の力は圧倒的だが、それよりも大阪の住民の生活に密着した商品をつくることを目指したほうがよい。価格競争がなく他の地域からの参入もない地域密着・生活密着の商品なら国際競争に巻き込まれることもなく高付加価値を実現でき、安定した需要が期待でき、安定した雇用を生み出すことができる。
 今回のダブル選挙で掲げられたインフラ整備や巨大イベント誘致は、いずれも過去に失敗した政策の焼き直しにすぎない。ベイエリア開発をしたものの巨額の借金を積み上げ、オリンピック誘致は失敗し、APECや世界陸上といった国際イベントも大阪経済の活性化にはまったく結びつかなかった。教育・文化レベルを高めることこそサービス産業の発展、製造業の生き残りのカギになる。知的レベルや文化レベルこそが新産業やベンチャー企業、経済成長に結びつくという認識がもっと市民の間に広がることを期待したい。