ナナメヨミBlog

旧ナナメヨミ日記。Blogに移行しました。

週1回はブログ更新します

 仕事に忙殺されながらも、空いた時間でいろいろと読書をしている。もちろん、政治の問題についてもいろいろと報道を見ながら考えている。コロナ禍、資本主義の危機、日本の長期的ビジョン、沖縄、東アジアの歴史、世界システム、大阪。とりとめもなく書いたキーワードだが、このあたりが私の問題意識である。といっても、本を読んでいるだけでは消化しきれない。ブログという「吐き出す場所」があってこそ、思考は整理され、より深く考えることができるようになる。そしてバラバラに見えるテーマを結びつけて考えて、長期的なビジョンについて論じてみたい。それが当面の目標である。
 自分に言い聞かせるために最低、1週間に1回はブログを更新したい。読書まとめ、時事問題の雑感、もうちょっと突っ込んだ分析、仕事にまつわる話、なんでもいいから週1回は更新していきたい。

コロナ禍の中小自営業者

 またもや1年ぶりのブログ更新になってしまった。私の仕事は中小自営業者の経営支援や相談であるため、年末から3月までが忙しい上に、コロナ禍によって4月以降も忙殺され続けた。無利子融資、持続化給付金、自治体からの支援制度、家賃支援給付金、保険料減免など自営業者・中小企業支援の諸制度が次から次へと出てきて、その手伝いに追われることになった。自営業者というのは自己責任の世界であり、病気やケガ・収入減少・老後などの保障は貧弱である。今回のコロナ禍では、自営業者向けの支援策が次々と出てくるので、私の仕事は忙しくて辛い一方で、ありがたいとも思う。

 自営業者というと「商店街の個人商店」というイメージを持つ人もいるかもしれない。八百屋、魚屋、肉屋、雑貨屋といったモノを売る商売である。しかし、産業構造・社会の変化によって小売・卸売の自営業者は多くが廃業に追い込まれた。スーパーやコンビニ、ユニクロなどの専門店が取って代わった。いまの都市部での自営業者の中心は飲食店やサービス業といった業種である。大企業・チェーン店の進出も著しい業種だが、個人経営・中小企業ならではのサービスを提供することで存在感を発揮している。

 そこを直撃したのがコロナ禍である。中小自営業者ほど対人接触の多い飲食業やサービス業が多く、緊急事態宣言・外出自粛要請の影響をもろに受けた。生存に必要とされる商品・サービスを提供する大企業はコロナ禍においても売上減少が微減にとどまり、業種によっては逆に売上を伸ばしているのとは対象的である。もちろん、航空や鉄道、旅行業、外食産業などコロナ禍が直撃した大企業も多々あるとはいえ。

 中小自営業者はそんななかでも支援制度を活用してなんとか生き延びている。しかし限界も近づいている。コロナ禍がいつ終わるのか、まだ出口は見えてこない。もっと追加的な支援がなければ、中小自営業者の「心が折れる」瞬間が来てしまう。それがとにかく心配でたまらない。

令和の政治分析2~「新保守層」が新自由主義&国家主義を後押しする~

 「旧保守」「新保守」「革新」の3つを軸にした政治分析について、8年前に記事を書いたが、4年前にも改めて「新保守層」にターゲットを絞った記事を書いた。そこでは、中野晃一「右傾化する日本政治」(岩波新書)で用いられた「旧右派」から「新右派」への転換、新自由主義国家主義がともに進んでいくのが「新右派」であると論じた。また、内田樹ブログに触発される形で書いた「グローバリズムvsナショナリズム?」(2013年当ブログ記事)ではグローバリズムナショナリズムが対立するのではなく、グローバル競争を勝ち抜くために国民のナショナリズムの感情に訴えて、グローバル企業や富裕層のために支援しよう、という補完的な関係になっていると論じた。いずれもキーワードは「新自由主義」(=グローバル資本主義、経済の規制緩和)、「国家主義」(=ナショナリズム愛国心の動員)である。

 新自由主義では国民の格差是正・医療福祉は軽視され、その結果として国民の多数が貧困層に転落することになる。新自由主義によって地域経済・コミュニティが解体した社会においては貧困層が頼る場所もなく、彼らは国家への帰属意識愛国心に精神的な癒やしを求めることになる。それが国家主義の亢進・国家へのさらなる権力集中を後押しし、力をさらにつけた国家権力は、さらに新自由主義を推し進めることになる。この新自由主義の権力の源泉にあるのは、その総本山であるアメリカである。安倍政権はアメリカに徹底的に追従することで権力基盤を安定させ、アメリカのための新自由主義政策をすすめる。そして安倍政権に媚びへつらうことで地位を保っているのが大阪維新である。維新もまた安倍政権によるテコ入れによってピンチを脱し、反対勢力を抑え込んできた。この「アメリカ-安倍政権」「安倍政権-大阪維新」の関係は相似形である。

この「新自由主義」&「国家主義」の組み合わせと「新保守層」(都市部ホワイトカラーを中心とした保守層)の相性は非常に良い。なぜなら「新保守層」は業界団体・地域団体などに属して利益の分配に与る利権政治(「旧保守」)とは無縁であるから、「旧保守」への利益分配闘争に明け暮れる自民党派閥政治には否定的であり、「既得権益打破」「自民党をぶっ壊す」といった「旧保守たたき」に拍手喝采を送る。そして、「旧保守」を解体する政策こそが新自由主義である。地方の利権・土建業者よりもグローバル企業の経済活動の規制緩和、それは新保守層が属する民間企業へのテコ入れであり、新保守層のための政策でもあるからである。そして、新保守層は都市部に住んで核家族を形成している。彼らにはなにか中間的な団体に属してはいない。企業に所属しているが、終身雇用幻想が崩れたいま、企業への忠誠心、帰属意識は低い。結果、新保守層は「国家主義」の提供する愛国心・「日本スゴイ!」に精神的な癒やしを求めることになる。自分たちの所属する地域・民族にアイデンティティを求めることは「自然な感情」であるために、この「愛国心」を左派が批判したところで却って反発を招くだけなので厄介である。

「企業」と「国家」に所属し、その安定・発展・権力拡大を望むのが「新保守層」であり、それが多数派であるならば、それでいいではないかという見方もあるだろう。しかし、企業と国家が強大化した先に行き着くのは、低賃金かつ重税を背負う貧困化した市民が大多数を占める社会である。一方で一握りの企業・国家の中枢にいるエリートは巨額報酬とグローバル金融を駆使した脱法的節税で巨万の富を溜め込む。このような社会を目指していいのかが問われているのである。

じゃあどうすればいいの?新自由主義は避けられないんじゃないの?というのはまた次回。

令和の政治を分析する~続く「新保守層」の時代

 ブログの更新がまったくできていない。4月の統一地方選挙の総括も不十分なままである。このブログでは政治動向・選挙、そして大阪の政治にかんする記事を主に書いてきた。ときたま書評や趣味の話も書くが、読書をしてもそれを記事としてアウトプットするにはパワーがいるので進まない。

 さて新天皇が即位し「令和」に改元された2019年。京アニ放火のような異常な犯罪や相次ぐ台風被害などで、先行き不安・混乱の時代を思わせる昨今である。政治では安倍政権が7年目に突入しているが、相変わらずの安定ぶりである。「アベノミクス」というけれど大企業が儲かり株価が高止まりする一方で、物価高で実質賃金は下がって家計はますます厳しくなっている。追い打ちをかけるように消費税10%増税社会保障も小手先の「改革」だけで国民の不安は根強い。経済と社会保障という国民生活に直結する問題で成果が出ているとは言い難いにも関わらず支持率は安定している。熱狂的に支持されているわけではないが、それなりの支持を保っている。

 おなじように大阪では維新の支持率が高い。こちらも橋下が市長鞍替えや住民投票に打って出たときのような熱狂的な空気、勢いがあるわけではない。しかし安定した支持・得票で選挙に勝ち続けている。

 この状況をどうみるか、分析するには私が2012年頃に書いた一連の分析が手がかりになる。それは政治勢力を「旧保守」「新保守」「革新」という3つに分類し、それに対応するのはどういう国民かを考えた論考である。私はそこで現在は「新保守層」の時代であると規定し、維新の会をその決定版的な存在であると分析した。一方で組織・資金に難のある「新保守層」の政党は土着の保守勢力と新興宗教勢力などと結託せざるを得なくなる、そこが弱点だと考えた。

 この2012年の分析の枠組みは、令和になった2019年現在でも十分に通用するものだと考えている。「新保守」を支える組織・団体として新興宗教を挙げたのも間違ってはいない。だが「新保守」支持の中核になったのは「ナショナリズム」「反・反日」といった排外主義・戦前的な価値観への回帰であり、「新保守」勢力が政治権力を掌握することで、官僚組織・行政そのものが「新保守」の根拠地として機能することとなった。その点の分析が欠落していた。

 それでは次回で、2012年以降の政治動向をこの分析の枠組みを用いて考察していきたい。

大阪ダブル選挙、市会・府議会選挙を終えて

 ナナメヨミ日記あらためナナメヨミBlogになりました。はてなダイアリーの機能停止で移行しました。移行後初の記事です。当ブログは2008年開設以来、毎年最低1本は記事を投稿していたのですが、昨年2018年は初めて投稿無しとなりました。結婚式やら収入補填のためのダブルワークに忙殺され、本や新聞を読み込んで何かを考える余裕を失っていた一年でした。この4月になってようやく落ち着いてきたのでぼちぼち記事を投稿していけたらなと思っています。

 さて、当ブログではこれまでも大阪の政治情勢についてたびたび記事にしてきました。2011年のダブル選挙、2015年の住民投票・ダブル選挙、そのほかにもなぜ維新がこれほどまでに勢力を拡大してきたかの分析などです。というわけで、2019年4月のダブル選挙+大阪市会・府議会選挙についても考察せざるをえません。私は「反維新」陣営の端くれとして、なぜ「反維新」が支持を得られないのか、維新がなぜ支持を得られるのか、「維新政治」を乗り越えていくためにはどうすればいいのか、考えているところです。まだまとまった記事にできる段階ではありません。今後の展望については、こんかいの「維新圧勝」を前にしてはなかなか明るい展望は見えてきません。それでも考えないといけません。しばしお待ち下さい。

自民党圧勝を前にして野党のとるべき戦略とは何か? 2017年10月22日衆議院選挙の分析(その2)

 衆議院選挙の分析について、選挙期間中にもいろいろな記事を書こうかと考えていたが、選挙活動の支援に忙殺され考える時間もなく終了してしまった。選挙になるといつも、ああしよう、こうしようというアイデアだけは浮かぶのだが、目の前の仕事でいっぱいいっぱいになり消化不良のまま終わってしまう。そして疲れ果てて、しばらくは政治を考えることがいやになる。選挙ではいつも神経を消耗しきってしまう。

 さて、今回の衆議院選挙の確定議席数は以下のとおりである(10月23日の朝日新聞ウェブサイトより)。

自民 284 小選挙区218比例区066
公明 029 小選挙区008比例区021
維新 011 小選挙区003比例区008
希望 050 小選挙区018比例区032
立憲 055 小選挙区018比例区037
共産 012 小選挙区001比例区011
社民 002 小選挙区001比例区001
無与 001 小選挙区001
無野 021 小選挙区021

 結論から言うと、自民党の圧勝である。野党は4野党(民進・自由・社民・共産)による共闘戦略をすすめていたが、前原民進党の突然の解党、希望への合流、そして立憲民主党立ち上げにより破綻してしまった。その結果、候補者が乱立し小選挙区での自民党の圧勝を許す結果となった。とはいえ、比例で見れば希望・立憲合わせれば自民党を上回る。民進党のままで戦った場合、自民党を上回る比例票を獲得できたとも思えず、この点は分裂のプラス面が出たといえる。維新は希望に食われ、共産は立憲に食われともに埋没した。維新は大阪のみの政党に縮小し影響力を落とした。共産は議席を減らしたものの、今までにない形の小選挙区での選挙協力で一定の存在感を示した。民進党の無所属議員が多く誕生したのも今回の特徴である。

 今回は希望の党立憲民主党の立ち上げと野党政局のイベントが立て続けに起こった。とはいえ投票率は戦後最低の前回より1ポイント上昇にすぎず、結局は政治に関心のある層での票の移動に過ぎず、無党派層・無関心層のムーブメントが起こったわけではない。これは深刻な問題である。

 自民党が必ずしも積極的に支持されているわけではない。とはいえ、今の小選挙区制では野党が一つにまとまらない限り勝てない。しかし、一つにまとまると玉虫色の政党になってしまい民進党のように「何も決められない」状況に陥り、国民の支持を失う。今回の希望の党への合流撃はこのような野党の行き詰まりの打開策なのだろうが、あまりにも拙速で無節操で選挙目当てと批判されてもしょうがないものだった。小池氏の「排除」は「何も決められない民進党」を脱却する上では必要だったと思うが、言い方が悪かったのだろう。

 野党はなぜ失敗するのか?それは、私の考えでは「保守派を取り込もう」という戦略に走ることに原因があると思う。保守系を取り込んでこそ「現実的」であり「責任感」があり「政権獲得の実現性」が高まる、こういう発想が根底にある。保守派を取り込むために政策が曖昧になり、与党との差別化ができず、どうしようもない敵失がない限り野党が勝つことはなくなる。だから、思い切って共産党を含む野党共闘をすすめる方がいい。左に軸足をおきつつ、保守派を中道に、中道を左派にと「左になびかせる」戦略をとったほうがいい。もちろん、そこには大きな問題点がある。民主党政権が躓いたきっかけである沖縄基地問題、安保法制はどうするか、など安全保障をめぐる問題である。これを共産党の主張に合わせて実行しようとするととんでもない政治的エネルギーを消耗することになり「民主党政権の失敗」をまたも繰り返す可能性が高い。とはいえ、共産党自体、日米安保破棄を棚上げしたり、自衛隊を合憲ではないが活用する、というなどそれなりに妥協する姿勢を見せているのであり共闘することは十分可能だろう。反共思想をもちだしてとにかく共産党と組んではダメだという考えで前原は民進党解党に踏み切ったが大失敗だった。共産党と協力した立憲民主党のほうが比例得票が上回ったことを考えても、共産アレルギーとはごく一部の保守派・連合幹部が叫んでいるだけで、国民にとってはどうでもいい問題なのである。野党は左に軸足を置きながら、地道に政策を主張して、世論を左になびかせる努力をしたほうがいい。その努力抜きに右にウイングを伸ばしても今回の希望の党のように「変節漢」と叩かれるだけである。そして左に軸足を置くために必要な組織・金をどうするか?、そういう観点から野党は取り組みを始めるべきだと思う。

民進党解体劇の背景とリベラルの再生にむけて 2017年10月22日衆議院選挙の分析(その1)

 安倍首相の突然の解散によって衆議院選挙が行われることになった。小池百合子希望の党を設立、民進党は前原代表が全候補者の公認を取り消して希望の党への合流をめざし、対する希望の党民進党出身者を「選別」する意向を示したため、民進党リベラル派の枝野代表代行が立憲民主党を立ち上げた。この一週間の政局は政治に関心の強い私でさえもなかなかついていけない猛スピードであり、複雑怪奇だ。とはいえ、これで選挙の構図は固まった感がある。自民・公明の政権与党勢力vs希望・維新の保守系改革派勢力vs立憲民進・共産・社民のリベラル・左派勢力という構図だ。こうやってみると、保守派とリベラル派が同居して方向性の定まらない民進党が解党してすっきりしたなというのが正直な感想だ。政権交代を目指す、自民党を倒すという一点で結集したのが民主党であり、政権交代という目標があるがゆえに民主党の保守・リベラル・左派はいろいろ不満を持ちながらも同居し続け民主党は求心力を保っていた。それが、政権から転落して政党支持率は低迷し、選挙では惨敗続きとなり求心力が急速に失われていった。それでも、みんなの党の解体、維新の党との合併などで野党第一党の地位は保っていたが、ここにきて分解するに至った。ニュースやワイドショーでは混乱する政局の表面的な部分ばかりがクローズアップされ、その本質は何かについての分析はない。私なりにこの「民進党解体劇」を分析してみたい。

民進党解体の引き金をひいた野党共闘

 民主党は2012年総選挙で大惨敗を喫して野党に転落した。その後は党勢が低迷したままで2013年の都議会選、参院選でも惨敗、そして2014年総選挙では議席は増やしたものの100議席には遠く及ばず、政権奪還の機運は完全にしぼんでしまった。それでも民主党は解体せずに存続した。それがなぜ、今回の総選挙を前にして解体に至ったのか?「無能な前原が策に溺れた」という前原個人の問題もあるが、民進党解体の引き金を引いたのは共産党との野党共闘だろう。民進党の支持母体である連合はもともと共産党系の組合を排除する形で発足した。連合にとっては「アンチ共産」こそが原点なのである。大企業中心、経営陣と協調する連合にとって、企業との対決姿勢をとる共産党系組合は相容れない存在であり、共産党との共闘もありえないという考えだ。2016年参議院選挙では、参院選政権選択選挙ではないから一人区での野党共闘が実現したが、これは選挙区の「住み分け」にとどまり、政策協定・相互推薦といった踏み込んだ共闘ではなかった。衆院選政権選択選挙であり、そこで共産党との野党共闘に踏み込めば民進党は共産系組合にも配慮せざるをえなくなり、連合の存在感は低下する。共産票を得て当選した議員が多数を占めれば、共産党にますます依存することになる。その危機感が連合会長と小池・前原の三者密談による野党共闘破棄・民進党解体に結びついたのだろう。

連合の変節が招いた民進党の動揺

 思えば、この解体劇には伏線があった。東京都議会選挙で連合が小池百合子率いる都民ファーストを支援したこと、「残業代ゼロ法案」で連合が自民党と修正案で一旦は合意したことである。連合が民進党以外の政党を支援したことで、「民進党から離党すれば連合の支援を失う。だから民進党にとどまる」と考えていた議員にとって民進党にこだわる理由がなくなってしまった。小池新党でも連合の支援を得られるのなら、小池人気にあやかって無党派票を稼げば選挙に勝てると考えた議員は多かっただろう。共産票に頼って連合との関係を悪化させるよりも、連合の支援と無党派票を得るほうがハードルは低いし当選確率も高そうだと考えるのは不思議ではない。とくに首都圏の議員にとっては。そして「残業代ゼロ法案」では連合は民進党の頭越しに政府・自民党と直接交渉し修正案で一旦合意した。のちに傘下組合の猛反発により撤回されたとはいえ、連合上層部が政府・自民党と一旦は合意したのである。連合が民進党に見切りをつけて政府・自民党に接近している、このままでは次の選挙で連合の支援を得られるのか?と疑心暗鬼になった議員もいたのではないだろうか。連合が保守化して、小池新党や自民党に接近したのは、共産党との野党共闘への反発・牽制の狙いもあったのだろう。この連合の動きが今回の民進党解体を後押ししたのは間違いないだろう。

企業優位社会の対抗軸としてのリベラル

 そして連合の保守化の背景にあるのは連合組合員の保守化であり、企業優位の労使関係になる経済構造、社会のセーフティネットの崩壊による労働者の企業依存体質、これらは一朝一夕には解決できない根深い問題である。枝野氏は立憲民主党でリベラルの旗を立てるという。連合でも傘下の組合の対応は希望の党応援、立憲民主党応援と個別対応になるので、連合の支援もある程度期待できる。しかし、リベラルを支える市民、その市民を支える環境は日本では未成熟である。経済優位、企業優位の発想から抜け出た市民社会が安定的に存在しない限り、リベラルは土台から崩れ去ってしまうだろう。その先にあるのは、すべての国民が政府と企業の意向を忖度する息苦しい社会である。今回の選挙はリベラルの存亡を賭けた重大な選挙である。リベラル派が三極対決のなかでどの程度の勢力を占めるかで今後の日本社会のあり方は大きく変わっていく、そんな予感がある。