ナナメヨミBlog

旧ナナメヨミ日記。Blogに移行しました。

大阪ダブル選挙、市会・府議会選挙を終えて

 ナナメヨミ日記あらためナナメヨミBlogになりました。はてなダイアリーの機能停止で移行しました。移行後初の記事です。当ブログは2008年開設以来、毎年最低1本は記事を投稿していたのですが、昨年2018年は初めて投稿無しとなりました。結婚式やら収入補填のためのダブルワークに忙殺され、本や新聞を読み込んで何かを考える余裕を失っていた一年でした。この4月になってようやく落ち着いてきたのでぼちぼち記事を投稿していけたらなと思っています。

 さて、当ブログではこれまでも大阪の政治情勢についてたびたび記事にしてきました。2011年のダブル選挙、2015年の住民投票・ダブル選挙、そのほかにもなぜ維新がこれほどまでに勢力を拡大してきたかの分析などです。というわけで、2019年4月のダブル選挙+大阪市会・府議会選挙についても考察せざるをえません。私は「反維新」陣営の端くれとして、なぜ「反維新」が支持を得られないのか、維新がなぜ支持を得られるのか、「維新政治」を乗り越えていくためにはどうすればいいのか、考えているところです。まだまとまった記事にできる段階ではありません。今後の展望については、こんかいの「維新圧勝」を前にしてはなかなか明るい展望は見えてきません。それでも考えないといけません。しばしお待ち下さい。

自民党圧勝を前にして野党のとるべき戦略とは何か? 2017年10月22日衆議院選挙の分析(その2)

 衆議院選挙の分析について、選挙期間中にもいろいろな記事を書こうかと考えていたが、選挙活動の支援に忙殺され考える時間もなく終了してしまった。選挙になるといつも、ああしよう、こうしようというアイデアだけは浮かぶのだが、目の前の仕事でいっぱいいっぱいになり消化不良のまま終わってしまう。そして疲れ果てて、しばらくは政治を考えることがいやになる。選挙ではいつも神経を消耗しきってしまう。

 さて、今回の衆議院選挙の確定議席数は以下のとおりである(10月23日の朝日新聞ウェブサイトより)。

自民 284 小選挙区218比例区066
公明 029 小選挙区008比例区021
維新 011 小選挙区003比例区008
希望 050 小選挙区018比例区032
立憲 055 小選挙区018比例区037
共産 012 小選挙区001比例区011
社民 002 小選挙区001比例区001
無与 001 小選挙区001
無野 021 小選挙区021

 結論から言うと、自民党の圧勝である。野党は4野党(民進・自由・社民・共産)による共闘戦略をすすめていたが、前原民進党の突然の解党、希望への合流、そして立憲民主党立ち上げにより破綻してしまった。その結果、候補者が乱立し小選挙区での自民党の圧勝を許す結果となった。とはいえ、比例で見れば希望・立憲合わせれば自民党を上回る。民進党のままで戦った場合、自民党を上回る比例票を獲得できたとも思えず、この点は分裂のプラス面が出たといえる。維新は希望に食われ、共産は立憲に食われともに埋没した。維新は大阪のみの政党に縮小し影響力を落とした。共産は議席を減らしたものの、今までにない形の小選挙区での選挙協力で一定の存在感を示した。民進党の無所属議員が多く誕生したのも今回の特徴である。

 今回は希望の党立憲民主党の立ち上げと野党政局のイベントが立て続けに起こった。とはいえ投票率は戦後最低の前回より1ポイント上昇にすぎず、結局は政治に関心のある層での票の移動に過ぎず、無党派層・無関心層のムーブメントが起こったわけではない。これは深刻な問題である。

 自民党が必ずしも積極的に支持されているわけではない。とはいえ、今の小選挙区制では野党が一つにまとまらない限り勝てない。しかし、一つにまとまると玉虫色の政党になってしまい民進党のように「何も決められない」状況に陥り、国民の支持を失う。今回の希望の党への合流撃はこのような野党の行き詰まりの打開策なのだろうが、あまりにも拙速で無節操で選挙目当てと批判されてもしょうがないものだった。小池氏の「排除」は「何も決められない民進党」を脱却する上では必要だったと思うが、言い方が悪かったのだろう。

 野党はなぜ失敗するのか?それは、私の考えでは「保守派を取り込もう」という戦略に走ることに原因があると思う。保守系を取り込んでこそ「現実的」であり「責任感」があり「政権獲得の実現性」が高まる、こういう発想が根底にある。保守派を取り込むために政策が曖昧になり、与党との差別化ができず、どうしようもない敵失がない限り野党が勝つことはなくなる。だから、思い切って共産党を含む野党共闘をすすめる方がいい。左に軸足をおきつつ、保守派を中道に、中道を左派にと「左になびかせる」戦略をとったほうがいい。もちろん、そこには大きな問題点がある。民主党政権が躓いたきっかけである沖縄基地問題、安保法制はどうするか、など安全保障をめぐる問題である。これを共産党の主張に合わせて実行しようとするととんでもない政治的エネルギーを消耗することになり「民主党政権の失敗」をまたも繰り返す可能性が高い。とはいえ、共産党自体、日米安保破棄を棚上げしたり、自衛隊を合憲ではないが活用する、というなどそれなりに妥協する姿勢を見せているのであり共闘することは十分可能だろう。反共思想をもちだしてとにかく共産党と組んではダメだという考えで前原は民進党解党に踏み切ったが大失敗だった。共産党と協力した立憲民主党のほうが比例得票が上回ったことを考えても、共産アレルギーとはごく一部の保守派・連合幹部が叫んでいるだけで、国民にとってはどうでもいい問題なのである。野党は左に軸足を置きながら、地道に政策を主張して、世論を左になびかせる努力をしたほうがいい。その努力抜きに右にウイングを伸ばしても今回の希望の党のように「変節漢」と叩かれるだけである。そして左に軸足を置くために必要な組織・金をどうするか?、そういう観点から野党は取り組みを始めるべきだと思う。

民進党解体劇の背景とリベラルの再生にむけて 2017年10月22日衆議院選挙の分析(その1)

 安倍首相の突然の解散によって衆議院選挙が行われることになった。小池百合子希望の党を設立、民進党は前原代表が全候補者の公認を取り消して希望の党への合流をめざし、対する希望の党民進党出身者を「選別」する意向を示したため、民進党リベラル派の枝野代表代行が立憲民主党を立ち上げた。この一週間の政局は政治に関心の強い私でさえもなかなかついていけない猛スピードであり、複雑怪奇だ。とはいえ、これで選挙の構図は固まった感がある。自民・公明の政権与党勢力vs希望・維新の保守系改革派勢力vs立憲民進・共産・社民のリベラル・左派勢力という構図だ。こうやってみると、保守派とリベラル派が同居して方向性の定まらない民進党が解党してすっきりしたなというのが正直な感想だ。政権交代を目指す、自民党を倒すという一点で結集したのが民主党であり、政権交代という目標があるがゆえに民主党の保守・リベラル・左派はいろいろ不満を持ちながらも同居し続け民主党は求心力を保っていた。それが、政権から転落して政党支持率は低迷し、選挙では惨敗続きとなり求心力が急速に失われていった。それでも、みんなの党の解体、維新の党との合併などで野党第一党の地位は保っていたが、ここにきて分解するに至った。ニュースやワイドショーでは混乱する政局の表面的な部分ばかりがクローズアップされ、その本質は何かについての分析はない。私なりにこの「民進党解体劇」を分析してみたい。

民進党解体の引き金をひいた野党共闘

 民主党は2012年総選挙で大惨敗を喫して野党に転落した。その後は党勢が低迷したままで2013年の都議会選、参院選でも惨敗、そして2014年総選挙では議席は増やしたものの100議席には遠く及ばず、政権奪還の機運は完全にしぼんでしまった。それでも民主党は解体せずに存続した。それがなぜ、今回の総選挙を前にして解体に至ったのか?「無能な前原が策に溺れた」という前原個人の問題もあるが、民進党解体の引き金を引いたのは共産党との野党共闘だろう。民進党の支持母体である連合はもともと共産党系の組合を排除する形で発足した。連合にとっては「アンチ共産」こそが原点なのである。大企業中心、経営陣と協調する連合にとって、企業との対決姿勢をとる共産党系組合は相容れない存在であり、共産党との共闘もありえないという考えだ。2016年参議院選挙では、参院選政権選択選挙ではないから一人区での野党共闘が実現したが、これは選挙区の「住み分け」にとどまり、政策協定・相互推薦といった踏み込んだ共闘ではなかった。衆院選政権選択選挙であり、そこで共産党との野党共闘に踏み込めば民進党は共産系組合にも配慮せざるをえなくなり、連合の存在感は低下する。共産票を得て当選した議員が多数を占めれば、共産党にますます依存することになる。その危機感が連合会長と小池・前原の三者密談による野党共闘破棄・民進党解体に結びついたのだろう。

連合の変節が招いた民進党の動揺

 思えば、この解体劇には伏線があった。東京都議会選挙で連合が小池百合子率いる都民ファーストを支援したこと、「残業代ゼロ法案」で連合が自民党と修正案で一旦は合意したことである。連合が民進党以外の政党を支援したことで、「民進党から離党すれば連合の支援を失う。だから民進党にとどまる」と考えていた議員にとって民進党にこだわる理由がなくなってしまった。小池新党でも連合の支援を得られるのなら、小池人気にあやかって無党派票を稼げば選挙に勝てると考えた議員は多かっただろう。共産票に頼って連合との関係を悪化させるよりも、連合の支援と無党派票を得るほうがハードルは低いし当選確率も高そうだと考えるのは不思議ではない。とくに首都圏の議員にとっては。そして「残業代ゼロ法案」では連合は民進党の頭越しに政府・自民党と直接交渉し修正案で一旦合意した。のちに傘下組合の猛反発により撤回されたとはいえ、連合上層部が政府・自民党と一旦は合意したのである。連合が民進党に見切りをつけて政府・自民党に接近している、このままでは次の選挙で連合の支援を得られるのか?と疑心暗鬼になった議員もいたのではないだろうか。連合が保守化して、小池新党や自民党に接近したのは、共産党との野党共闘への反発・牽制の狙いもあったのだろう。この連合の動きが今回の民進党解体を後押ししたのは間違いないだろう。

企業優位社会の対抗軸としてのリベラル

 そして連合の保守化の背景にあるのは連合組合員の保守化であり、企業優位の労使関係になる経済構造、社会のセーフティネットの崩壊による労働者の企業依存体質、これらは一朝一夕には解決できない根深い問題である。枝野氏は立憲民主党でリベラルの旗を立てるという。連合でも傘下の組合の対応は希望の党応援、立憲民主党応援と個別対応になるので、連合の支援もある程度期待できる。しかし、リベラルを支える市民、その市民を支える環境は日本では未成熟である。経済優位、企業優位の発想から抜け出た市民社会が安定的に存在しない限り、リベラルは土台から崩れ去ってしまうだろう。その先にあるのは、すべての国民が政府と企業の意向を忖度する息苦しい社会である。今回の選挙はリベラルの存亡を賭けた重大な選挙である。リベラル派が三極対決のなかでどの程度の勢力を占めるかで今後の日本社会のあり方は大きく変わっていく、そんな予感がある。

オルタナティヴな生き方を考える…「その日暮らし」の人類学

「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 (光文社新書)

「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 (光文社新書)

 アフリカで「その日暮らし」に明け暮れる人々は一見、「いい加減」「怠けている」ようで彼らには彼らなりの道徳があり合理性がある。インフォーマル経済、海賊商品、仲間同士の貸し借り、試しにやってみる精神、なんでもやってみるジェネラリスト・生計の多様化…といったキーワードで特徴づけられる。

 「計画的」「勤勉」であることに縛られている日本人から見れば新鮮さがある。人間関係の希薄化、レールを外れることを恐れ流動性の低い社会、意欲を失う人々…いまの日本は豊かなのに暗く、閉塞感で溢れかえっている。アフリカと日本は対照的である。非常に興味深いエピソードが散りばめられており、一読の価値がある。

 個人個人の生き方、考え方として「その日暮らし」的な発想を取り入れたり、互酬的なコミュニティを構築することは面白い。けれども、この本を受けて「新自由主義こそセーフティネットだ」などと主張するのは違うだろう。「だめ連」が「だめなりに生きる」ことを実践しているからといって「貧困層はだめ連を見習って生きろ」というのは間違っているのと同じである。哲学、生き方の問題と現実の社会保障の制度設計は別の問題である。それだけは勘違いしてはいけない。

グーグルアナリティクスを導入する

 私のブログでは「はてなブログアクセス解析を導入していましたが、今月でサービス終了になるのでグーグルアナリティクスを導入しました。いろいろなデータがあって全然使いこなせてないのですが、記事別のアクセス数をみると大半が4年前のグローバリズムvsナショナリズム? グローバリズム&ナショナリズム? - ナナメヨミ日記の記事です。次に多いのが冷戦期とポスト冷戦の政治を分析した冷戦終結と日本の混迷 - ナナメヨミ日記の記事です。私のブログはどういうわけか1月と7月にアクセスが多くて、大学の試験やレポートのためにグローバリズムや冷戦について調べている学生が多いのだと思います。グローバリズムとは私の学生時代にもテーマになっていましたが、頻繁に使われる言葉の割に、その意味するところが掴みづらく、肯定否定の評価が入り混じっていて難しい問題です。だからこそ検索する人が多いのでしょう。そして冷戦終結は私にとっては幼稚園〜小学生低学年の時期の出来事なのですが、現在の大学生は私より一回り以上の年下で冷戦は生まれる前の「歴史的事件」だからこそネットで調べる人が多いのでしょうか。私の世代より上なら「冷戦構造」というのは「常識」だったことを思うと隔世の感はあります。
 いろいろと思いをめぐらせつつも、私はポツポツと更新している割にはアクセスがあるのはごく一部の記事というのでは、世間に向けて訴えていたつもりが実は壁に向かって一人でしゃべっていただけだった、という感じでなんとも複雑な気分です。検索エンジンの順位の問題もあるからしょうがないのかと思いつつ、これからもめげずに頑張りたいです。

モノとの付き合い方

 モノとどうやって付き合うか。私は革靴趣味を通じて考えさせられた。これまでは安物を使い捨ててばかりいた。モノに対する意識・関心は低く、知識もなかった。高級革靴を買って日々のお手入れをすることでモノに対する意識が高まり、知識も増えた。そして、革靴以外のモノも大切にお手入れしていこうという意識が高まった。街を歩くと、しっかりしたビジネスマンでも靴がボロボロという人は多い。ビジネスマンにとってはちゃんと仕事することが大事であって、靴なんか気にしてる奴はダメだということなんだろうか。そういう考えもわかる。だけれども、あらゆるモノには歴史があり、文化があり、技術が詰まっている。モノに触れることは文化的なことである。言いすぎだろうか。
 近年はモノは大事に使うのではなく、使い捨てするモノだという風潮が強い。スーツにしても昔は紳士服店で仕立てたスーツを修理しながら長く使うのが一般的だったが、いまでは量販店の格安スーツを着潰すほうが安くつく。発展途上国での大量生産によってモノの値段は安くなる一方で、修理やお手入れのコスト・手間が高くつく以上しょうがないのかもしれない。純粋に経済合理性の問題かもしれない。
 さらに最近ではモノを極力持たない「ミニマリスト」まで出現している。モノが増えると管理するのも大変になるし場所も取る。モノがたくさんあっても使い捨ての消耗品なら愛着も持てない。だったらいっそ最低限のモノしか持たないのも良いだろう。モノを持たないといってもスマホやパソコンは持っているし、その中には膨大な音楽データや電子書籍が入っていたりする。CDや本といった形あるモノが形を持たずに所有できるようになっただけで、むしろ以前よりたくさん「持って」いるかもしれない。モノを所有する喜び・ステータス・利便性よりも体験や自己投資・成長に重きをおいているのだろう。
 そういう中で私は「使い捨て」でもなく「ミニマリスト」でもなく、モノとシンプルに付き合うことを楽しみたい。繰り返しになるが、モノに触れることは文化的なことである。とはいっても高級ブランド信仰やオタク的なこだわりに走ってしまうと時間や労力・お金がかかりすぎてしんどくなってしまう。だから「シンプルに付き合う」ことを目指したい。革靴との付き合い方を考えさせられたのがこの本です。Kindle電子書籍でしか読めませんがおすすめです。

革靴趣味の話

 私は最近になって革靴に興味を持つようになった。スーツを着て仕事するサラリーマンにとっては革靴は当たり前だが、私の職場は服装に関して特に決まりはない。だから革靴ではなくマジックテープ式のスニーカーを履いていた。けれど、外回りの飛び込み営業やフォーマルな場に出ることもちょくちょくある以上ちゃんとした服装も必要だろうと思って昨年末に革靴を1足購入した。服装全体の見直しが必要だったけど、とりあえず「おしゃれは足元から」という言葉通りにまず革靴を買うことにした。買ったのはリーガルのUチップである。アウトレット店で2万円ほどした。同時にシューケアグッズも購入した。さらにシューツリーもネットで購入した。良い革靴なら修繕しながら使えば10年以上履けるというのに興味がわいたので値段の高い革靴にした。これまでは高くても5千円ほどの革靴しか履いたことがなかった。就職活動の時も安物のローファーだった。最初の会社では工場での営業事務が長く、安全靴に作業服で仕事をしていたので革靴とは無縁だった。そんなわけで30代半ばにして「革靴デビュー」したのである。
 リーガルで購入したブラシとクリーナー、靴墨を使って履くたびにケアをしていた。革靴必須の職場ではないので週2日程度履き、それ以外の日はスニーカーを履くことで1足でも革靴を休ませることができていた。革靴に関心を持つようになってネットで革靴のサイトを巡ったり革靴の入門書を読むようになった。革靴にもフォーマル・カジュアルの区別があること、私が履いているUチップはややカジュアルだということを知った。冠婚葬祭には良くない(といっても革靴に関心のないほとんどの人はなんとも思わないが)と知ると、フォーマルな場にふさわしい内羽根ストレートチップやプレーントゥが欲しくなった。そして3月にさらに追加で2足買った。またもリーガル・アウトレットである。さらにヤフオクで中古のプレーントゥ1足も買い足し、ローテーションを組めるまでになった。そうやって革靴にこだわり始めると靴サイズを間違えたことに気づく。最初のUチップと内羽根ストレートチップは26センチ、プレーントゥ2足は25.5センチ。私の足は左足が少し大きいので、左足にちょうどいい程度のサイズの靴にして、右足は靴紐をきつめに締めることで調整するようリーガルの店員にアドバイスされ26センチのUチップを買った。しかし、革靴をしばらく履くと底が沈んできたり革が伸びたりして革靴が少し大きくなる。そうするとぴったりサイズが少し大きいサイズになってしまう。かかとが浮くのでちょっと歩きにくい。革靴はキツめのサイズを買うくらいがちょうどいいのだと知る。
 シューケアも毎日するようになると疲れる。ブラッシング、クリーナーと靴墨を使って磨くとなると10分以上かかってしまう。そこでシューケアの方法を調べると、ブラッシングとから拭きだけでお手入れは十分だという。今では毎日はかんたんなお手入れ、クリーナーと靴墨を使うのは月1回程度にしている。
 さらにリーガル以外の高級ブランドにも興味を持った。百貨店で革靴を眺めたり試履するようにもなった。でも私の今の職場ではここまでは必要ない。そもそもお金もない。高級ブランドの革靴を履くならスーツも相当のものを着ないとバランスが悪い。そこまでは出来ないので、当分はリーガルを大切に履き続けるつもりである。