ナナメヨミBlog

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「大阪都構想」住民投票を総括する

 久々にブログを更新します。
 前回記事「グローバル化時代の政治」で現代の日本政治の枠組み、見取り図を示しました。その後、沖縄知事選、突然の解散総選挙統一地方選挙と選挙が続き、沖縄での反基地闘争・オール沖縄の選挙での勝利はインパクトがあったものの、大きな枠組みの変化には至っていません。安倍政権は相変わらず高い支持率で、メディアは役割を放棄し、国民は政治に希望を持っていません。
 そんな中で大阪市を廃止・分割する「大阪都構想」の住民投票が行われました。結果は僅差で反対派が勝利し、大阪市の存続が決まりました。この結果に関して、ネット上や関西ローカルメディアでは「シルバー・デモクラシー」(「老害」のせいで若者・現役世代の改革が潰されたという主張)や「南北格差」(貧困地域の大阪市南部の住民の反対のせいで改革が潰されたという主張)といった分析がなされています。このような切り口で今回の住民投票が総括されてしまうのはあまりにもマズイと考えたので、久々に記事を書くことにしました。


 今回の住民投票、「大阪都構想」の原点になった選挙は4年前の大阪ダブル選挙(大阪市長選挙大阪府知事選挙)でした。前知事の橋下氏が現職・平松氏を破って当選した選挙です。その際の得票は橋下氏75万票、平松氏52万票でした(投票率は61%)。そして、今回の「大阪都構想」の是非を問う住民投票では賛成69万票、反対70万票でした(投票率は67%)。1万票という僅差が注目されていますが、それよりも市長選挙からの3年半で橋下=賛成は6万票減らし、平松=反対票は18万票増やしたのです。23万票のビハインドから1万票のリードへ、「24万票の逆転劇」を達成したのが反対派です。この逆転はなぜ起きたのか?という切り口で分析することこそ、住民投票を総括する上で重要です。


(1)橋下市政の裏切りと「二重行政解消論」の破綻
 4年前の市長選挙当時、橋下氏は「二重行政の解消」を訴えていました。二重行政を解消すれば財源が出てくる、そうすれば成長戦略の投資(ようするに大型開発ですね)もできるし、住民サービスの充実もできる、それが橋下氏の主張でした。平松陣営は「二重行政解消論」に対して具体的な数字で反論することができず(そんな試算がないのですから当然でした)、「橋下にまかせたら二重行政解消で大阪はよくなる」という期待感・ムードが広がり、橋下氏は当選しました。
 しかし、橋下市政の3年半では「二重行政解消」の効果はほとんどありませんでした。むしろ既存の住民サービスを切り捨てることで財源を捻出してきました。敬老パス有料化や赤バス廃止、水道の福祉減免廃止、新婚家庭向け家賃補助の廃止などで確保した財源を中学校給食の導入や学校へのエアコン導入などに振り向けました。そして、将来「都構想」が実現しても「二重行政解消」の財政効果はほとんど無いことが市議会で明らかになりました。にも関わらず、橋下市長・維新の会は今回の住民投票でも4年前と同じく「都構想になれば二重行政解消します、住民サービスを充実させます」と主張していました。金にモノをいわせた大量のテレビコマーシャルと折り込みビラによる「改革イメージ」だけで今回の住民投票を乗り切ろうと企んでいました。政治への関心が低い人々、住民サービスの低下を実感していない人々にとっては橋下市長・維新の会は「既得権益に切り込む改革者」であり、「今しかチャンスがない」という宣伝に踊らされて都構想に賛成した人も多かったでしょう。一方で政治への関心が高い人々や橋下市政での住民サービスの切り捨ての被害者にとっては、橋下市長・維新の会は「選挙のためならウソでもなんでもありのデマゴーグ」であり「市民を切り捨てる権力者」です。自民党共産党は4年前は反論しきれなかった「二重行政」「住民サービス」に関する都構想の問題点を厳しく指摘し、橋下市長が「お金の問題じゃない」と言わざるを得ないところまで追い込みました。政党や市民の活動の結果、4年前は変革を期待して投票した層が橋下市長・維新の会のウソ・デタラメを見抜いたり、あるいは橋下市政に裏切られたと感じたことで反対に転じたのです。それが「24万票の逆転劇」の本質です。


(2)対立と分断を持ち込む「橋下劇場政治」の限界
 橋下氏は「敵・味方」をはっきりと区別し、「敵」を徹底的に攻撃するパフォーマンスによって熱狂的な支持を得てきました。「教育委員会」「公務員」「労働組合」「学者・知識人」といった具合です。大阪市長になってからは平松氏を応援した地域振興会(町内会)をコキ下ろし、都構想の法定協議会が行き詰まると「宗教の前に人の道がある」と(かつては協力関係にあった)公明党を侮辱しました。この発言は橋下シンパもそれなりにいた学会員を激怒させ、今回の住民投票創価学会本部が自主投票の方針であったにも関わらず、大阪の学会員・公明党は反対に舵を切ることになりました。その場その場で瞬間的な支持を集める過激発言やパフォーマンスは橋下氏の真骨頂ですが、敵を増やすことで市政運営が行き詰まり、失敗をごまかすためにさらに過激な発言に走るという悪循環に陥っていました。 「強力なリーダーシップを発揮する改革派市長」のイメージとは違って、現実には公明党が離反して以降は市政運営に完全に行き詰まっていました。橋下人気を利用して改憲に弾みをつけたい安倍政権・官邸の圧力で創価学会公明党を動かして、なんとか住民投票までこぎつけたというのが実態です。中央政界の事情ゆえに延命していたのが橋下市長なのです。
 過激発言や劇場政治は政治への関心が低い層の関心・注目を呼び起こしますが、話し合いで同意を取り付けるという政治プロセスを軽視して敵ばかり増やすことになり、振り返ってみれば大した成果を残していません。それにも関わらず賛成・反対が拮抗したのは劇場政治衆愚政治と言い換えてもいいです)の恐ろしいところですが、4年前は自主投票だった地元の創価学会公明党が反対についたことが「24万票の逆転劇」の大きな力になったのは間違いありません。


 何度も述べているように今回の住民投票は「24万票の逆転劇」がポイントです。実際の票差1万票に着目して「老人世代のせいで負けた」「生活保護受給者や貧乏人が反対したせいだ」などと賛成派の一部は「反対に投票したやつらが悪い」とばかりにレッテル貼りと攻撃に終始しています。しかし、1万票差の違いなどというのは投票日当日の天気だとか一部の団体の動きひとつで簡単にひっくり返るものであり、つまり何とでも言えてしまうものなのです。1万票差の違いを探る作業からは何の教訓も引き出せませんし事実に基づかない先入観や差別偏見を助長するばかりです。24万票も逆転したのはなぜかを3年半の橋下市政から分析することでしか今回の住民投票は総括できません。


 とりあえず住民投票の総括は以上で終わります。「橋下劇場政治」は本当に終わったのか、維新の会はこれからどうなるのか、メディアの問題などもっと分析したいテーマはありますが、それは次回にします。