ナナメヨミBlog

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小泉元首相「原発ゼロ」提言を考える

 1ヶ月ぶりの更新になった。
 この間、政治報道は秘密保護法一色になっていた。秘密保護法の狙い・危険性などについてはさんざん報道されていて論点も拡散して分かりづらくなっているが、元外務省局長・孫崎享氏のインタビュー記事(http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131119-00023215-playboyz-pol)がもっとも簡潔にまとまっていて読みやすい。秘密保護法に関して今回は触れず、もう少し分析をしてから記事にしようと考えている。

 今回考える問題は小泉純一郎元首相による「原発ゼロ」の提言だ。政治家を引退してからは表舞台に立つことがほとんど無かった小泉元首相による異例の提言とあって世論や政権与党に大きな波紋を広げた。小泉氏は今年、フィンランドにある核廃棄物の最終処分場「オンカロ」やドイツの再生可能エネルギーへの取組を視察して、「原発ゼロ」の考えに至ったという。原発が抱える高コスト・核廃棄物の最終処分の問題、他の発電方法と違って長期間・広範囲に及ぶ「異質な危険性」、技術革新による自然エネルギー普及の可能性、これらが「原発ゼロ」を主張する根拠になっている。どれもうなずける話である。脱原発派の市民運動家や左派政党の主張と同じであり、まっとうな見解だと思う。
 今回分析するのは小泉氏の脱原発論そのものではない。「なぜ、小泉氏が脱原発を主張するのか」という背景である。原発論争では保守派・右翼の論客にも原発ゼロを主張する人はこれまでにもいたが、自民党の元首相・しかも高支持率を誇った小泉氏とあってマスコミ・国民の注目度・期待度は高い。この提言に隠された「政治的意図」について分析する。

自民一強、盤石の安倍政権が抱える脆さ

 小泉提言を分析する前に、いまの政治状況を簡潔にまとめる。自民・公明が政権復帰してまもなく一年、アベノミクスによる景気回復への期待によって安倍政権は高支持率を保っている。参議院選挙でも自民が大勝したことで与党が過半数を獲得して衆参のねじれが解消、一方で野党の民主党は党勢衰退から抜け出せず、みんな・維新も伸び悩み、共産が盛り返したものの主要野党4党の支持率はどんぐりの背比べ状態が続いている。野党の自滅による「自民一強」「安倍政権盤石」とも言える状況だ。
 だが、この安倍政権にも脆さがある。ひとつには安倍政権の高支持率の要因になっているアベノミクスの脆さである。アベノミクスとは「異次元金融緩和」によって投資家に期待感を持たせることで為替を円安に誘導、輸出企業の利益拡大・株価上昇によって賃金上昇・株高の資産効果を促して、経済成長を実現するという政策パッケージである。その根本にあるのは「期待感」であり、それが持続しない限り「波及効果」は期待できない。為替相場とは多国間の経済動向や政策によって決まるものであって、日本政府・日本銀行の意向で好き勝手に操作できるものではない。何かをきっかけに投資家の期待感が弱くなればアベノミクスの円安誘導は一気に崩れる。企業の利益拡大が賃金上昇・投資や消費拡大に繋がらないと経済成長のシナリオも崩れる。しかも、来年4月には消費税増税も控えている。いわば「水物の政策」なのであり、そこに頼る安倍政権の支持率もアベノミクス次第では一気に低下する可能性がある。
 安倍政権を支えるもうひとつの要素とは自民党以外の有力な選択肢が見当たらない政治状況である。民主党政権が経済・財政・社会保障・外交などあらゆる政策で行き詰まりをみせ「政権担当能力のある政党」だと見なす国民はほとんどいなくなった。みんなの党日本維新の会も党内亀裂を抱えていたり橋下慰安婦発言などの問題もあって、政権を任せる勢力だとは見なされていない。共産党も批判政党としての期待はあっても政権を任せる選択肢にはそもそも入っていない。自民以外が決め手に欠く中で消極的に支持されているのがいまの自民党である。政界再編によって新たな「受け皿政党」が出来れば、そちらに支持が流れる可能性は十分にある。
 とにかく、いまの自民党・安倍政権の高支持率は質的には消極的な支持が大半であり、積極的な支持もアベノミクス次第では崩れる可能性が高い、非常に脆い状況なのである。かつての小泉氏に対する高支持率、最近だと橋下徹に対する高支持率には小泉氏個人、橋下氏個人に対する信頼・支持があった。「ぶれずに決断する政治家」「国民の本音を代弁する」という政治家個人にたいする支持である。だから、小泉政権初期に不況が深刻化し、その後に格差が拡大しても高支持率をキープし続けたし、橋下市長の政策がほころびを見せて問題発言を繰り返しても大阪市長としての橋下氏に対する支持は高い。「政治家としての姿勢・パーソナリティ」に対する支持を獲得した政治家は盤石であり、長期政権が期待できる。そう考えると、安倍晋三は「ぶれずに何かを決断した」わけでも無ければ、「本音をズバリという」わけでもない。個人的な人気・信頼はむしろ無いのが安倍晋三である。前政権は突然投げ出し、国民の感覚とはズレた認識(汚染水は完全にコントロールされている、など)を持つ、あまり国民が共感しにくい、信頼しにくい政治家であると言ってもいい。
 こういう政治状況だからこそ、安倍政権の長期政権を期待して小泉氏は原発ゼロを提言したのではないかというのが私の見立てである。

小泉氏の政治家観、首相の権力について

 小泉氏は記者会見(http://ch.nicovideo.jp/moss/blomaga/ar389115)の中で、原発ゼロについていろいろと見解を述べているが、私が注目するのはその後半にある「総理の権力をどう使うべきか」という部分にある。ここに小泉「原発ゼロ」の真意があると私は考えている。小泉氏は自身の郵政民営化の政局を振り返って、「総理が郵政民営化の強い意志を貫徹」したことで選挙に大勝し民営化反対派の党内勢力が賛成派にひっくり返った経験を自慢げに語っている。ここで強調しているのは「総理大臣の権力の強さ」であり、「意思を貫徹する政治家は国民の強い支持を得られる」という確信である。「大きなビジョンを示して意思を貫徹する」「決断する政治家」こそが強い支持を得られ、長期政権を維持できるというのが小泉氏の政治観である。アベノミクスという為替・株価頼みの脆い経済政策に依存し、野党の低迷という敵失によって得ている安倍政権の高支持率は「本物の支持率ではない」だとおそらく小泉氏は考えている。この高支持率を背景に原発推進派を押さえこんで「原発ゼロという政治的決断」によって安倍晋三「政治家個人」への盤石な支持を獲得しろ、それでこそ安倍長期政権を築けるぞという「安倍政権へのエール」「自民党長期政権のための提言」、これこそが原発ゼロ提言の基底にあるのではないか。かつて小泉氏が郵政票という組織票を捨ててでも郵政民営化への強い意志を示したことで国民の熱狂的支持により郵政選挙で圧勝したように、原発推進勢力の票を捨ててでも原発ゼロの強い意志を示せば、自民党は選挙に圧勝できる、そういう冷徹な計算、自民党政権を何としても維持するという権力への固執が透けて見える。さらにいえば、「原発ゼロ」の看板さえあれば、あとはどれだけ国民に不利益を押し付ける政策をしても支持は保てるぞ、という詐術的な発想もあるだろう。アベノミクスの支持を次の選挙まで持続させるのは困難だが、政治家の決断に対する国民の強い支持があれ次の選挙は乗り切れるだろう。「今の高支持率に浮かれるな」「この状況をうまく利用して次の一手を打たないと政権は長く続かないぞ」という小泉氏なりのメッセージなのである。

国民は小泉「原発ゼロ」提言をどう受け止めるべきか

 小泉提言の中身そのものには異論はないのだが、小泉氏が考えるような「原発ゼロ」をテコにして安倍政権、自民党政権の長期政権を維持しようという発想に国民は安易に同調してはならない。「郵政民営化」の看板を目くらましにして、新自由主義的な政策(派遣の規制緩和社会保障の切り捨て)を小泉政権は推進したように、「原発ゼロ」を目くらましにして新自由主義的な経済政策、国家主義的な国民統制、憲法改定、社会保障の切り捨てを推進しようというのは、国民の政治への関心・理解力をバカにした「愚民を手なずける詐術政治」にほかならない。さらには国民のあいだに広がった「国民の力で脱原発を実現する」という機運をしぼませて、「ほかの問題にはとりあえず目をつむってでも小泉支持」「小泉になんとかしてもらおう」といった英雄待望論・権威主義的な風潮が国民にひろがる危険がある。小泉提言は「元首相の個人的意見」程度に受け止めて、原発ゼロは国民の運動で成し遂げるのだという強い意志を持ち続けること、民主的プロセスで実現していくということが重要になる。そのための情報発信や議論、基盤づくりこそが原発ゼロを実現する大きな力になるだろうと私は思う。