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青木理「日本会議の正体」(平凡社新書、2016年)

 森友学園問題でも話題になった右派団体「日本会議」。海外メディアからは「極右団体」「日本を牛耳っている」とまで言われているが、日本のメディアではとりあげられることはほどんどない。だからほとんどの日本人にはその存在じたい周知されていない。一方でベールにつつまれた組織であるがゆえ、「日本会議の陰謀で政治が動いている」という「日本会議陰謀論」まで囁かれる。それは「ユダヤ陰謀論」「コミンテルン陰謀論」と瓜二つである。
 この本は日本会議のルーツをたどりながら、関係者へのインタビューを積み重ねて日本会議の正体に迫っている。青木氏はテレビ朝日「モーニングショー」コメンテーターもつとめる元共同通信のジャーナリストである。彼の政治スタンスはリベラル・左派であり、日本会議には批判的・否定的である。
 「日本会議の正体」では、まず現在の日本会議について解説している。日本会議の幹部には右派の論客、財界人、宗教団体幹部などが名を連ねる。自民党の国会議員の大半が会員であり、地方議員も多い。そして全国各地に地方組織をもつ。その活動を支えるのは新興宗教団体「生長の家」出身の活動家、そして神社本庁である。
 第二章では右派の学生運動、そのなかで中心的な役割を果たした「生長の家」出身の活動家に焦点を当てる。左派が圧倒的多数を占めた学生運動のなかで、右派の立場で運動に取り組み大学自治会を掌握した経験が彼らの出発点にある。地道なオルグ(組織化)、宣伝活動などに粘り強く取り組んだ。その背景にあるのが「生長の家」教祖である谷口雅春への心酔、宗教心である。
 第三章では日本会議のもう一つの柱である神社本庁神道をとりあげる。神社は季節の行事や祭りで国民にはなじみがある。しかし戦前戦中には国家神道として戦争を推進するうえで重要な役割を担っていた。全国8万ある神社の大半は神社本庁傘下にある。豊富な資金力と地域有力者とのつながり・人脈をもつ。神社本庁傘下の一部は憲法改正運動に積極的に取り組み、境内に署名用紙を置いて参拝者に積極的に働きかけている神社もある。
 「生長の家」出身の活動家と神社本庁の資金力・人脈を合体させて強力なロビー活動、国民運動を展開するのが日本会議である。その結成は1997年と比較的新しい。第四章では日本会議結成以前も含めた「草の根」運動史を取り上げている。署名活動、地方議会あでの決議によって運動を盛り上げ中央政界に影響力を行使する、これも「左派の政治手法」をまねているのである。そのルーツは1970年代の「元号法制化」運動にある。
 それではこの日本会議の正体とは何か?「日本会議陰謀論」的に考えると政権の背後で牛耳り「上からの圧力」で国民を押さえつけているかのように思ってしまうが、それは適切ではない。むしろ陰謀論的に捉えるのは日本会議を過大評価することにもなる。
 この本の最終章で述べられる日本会議の正体、それは過大評価でも矮小化でもない。選挙資金や運動員の応援をするといった運動は日本会議にはなく、日本会議が人員・カネの面で影響力を行使して政治家を動かしているわけではない。青木氏は安倍政権と日本会議が共鳴・共振しつつ「戦後体制の打破」という共通目標へ突き進む過程で、日本会議の存在感が大きくなったと見ている。むしろ重要なのは「日本会議的なもの」を許容するようになってしまった日本社会の変質であり、左派が衰退したことで右派が目立つようになったことにある。中国や韓国が経済成長し国際的地位が高まる一方で、日本は格差や貧困が拡がり将来不安が渦巻いている。そういう状況が右派思想を許容する空気を作り出した面もある。青木氏は最後に日本会議を「戦後日本の民主主義体制を死滅に追い込みかねない悪性のウイルスのようなもの」と断じている。日本会議を構成するのは新宗教神社本庁といった宗教団体であり、彼らは戦後民主主義国民主権といった近代民主主義に否定的であり軽視している。彼らが社会の片隅で主張を繰り返しているうちはまだいいが、政権与党と共鳴している現状はかなり危機的である。
 日本会議的なものを受容する心理、社会の変質といった話はこの本では掘り下げられていない。あくまで日本会議の等身大の姿、素顔をあぶり出すことが中心である。当事者への丁寧な取材に基づいている点はよい。日本会議について知りたい人は最初に読むべき一冊だと思う。