ナナメヨミBlog

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吉川洋「人口と日本経済」(中公新書、2016年)

 日本の政治・経済での主要な論点に、少子高齢化・人口減少で経済成長・財政・社会保障はどうなるのか?という問題がある。少子高齢化社会保障の負担が重くなる、労働力不足が経済成長の足かせになるなどと指摘されている。日本の未来は暗い、日本はこれから衰退するといった話にまでつながっている。この本では、そうした「人口減少ペシミズム」を否定し、経済成長の源泉は「イノベーション」であるということを各種データを用いて説明している。人口減少を経済衰退・国力衰退と安易に結びつける論調があるなかで、事実・データに基いて丁寧に否定していくことは重要である。しかし何か消化不良な読後感がある。なぜかと考えると、この本で指摘されている「イノベーション・経済成長によってあらゆる問題が克服される」という考え方こそがこれまでの主流であり、この考え方に基いて経済・社会制度が運営されてきたからである。この本では「人口減少ペシミズム」という「俗論」に対して、「イノベーションによる克服」を「新しいアイデア」のように主張しているが、むしろ「イノベーション・経済成長」による問題解決こそ「使い古されたアイデア」ではないのか。そして、イノベーション・経済成長がいつまでたっても進まない、停滞しているからこそ、財政や社会保障の問題がどんどん悪化しているのではないのだろうか。そう考えると、ピケティが主張した「労働分配率の悪化、格差拡大の是正」こそ「新しいアイデア」であり、検討しなければならないと思うが、この本では「ピケティの主張に対しては、理論的にも実証的にも反論のほうが優勢である」(P88)というのみで、突っ込んだ議論はなされていない。

 「イノベーション・経済成長による問題克服」路線の経済運営がうまくいかないのはなぜか?という切り口こそが必要だ。イノベーションを阻害する要因はなにか?経済成長を阻害する要因はなにか?それとも成熟経済における経済成長追求がもたらす歪みが経済の足を引っ張っているのではないか?、こういった問題提起と分析こそ必要だと思う。「人口減少ペシミズム」を否定してみせたところで、現実の経済運営が正当化されるわけでもない。「人口減少ペシミズム」という否定しやすい対案を持ち出して、「イノベーション・経済成長論」をもっともらしく見せようとしているのではないか。「イノベーション・経済成長による問題克服」といっても、政府に出来る産業政策は限られているし、経済成長任せにすることは目の前の少子高齢化・貧困や格差の問題に正面から取り組まず、むしろ「経済成長によって克服されるのだから、なにもしないほうが良いのだ」とばかりに無為無策を正当化することにもつながりかねない。人口減少を過度に悲観する必要はないというのは収穫だったが、どうやってイノベーションするのか?経済成長するのか?は残された課題である。同時に「分配の公正」による経済政策も真剣に検討しなければならないように感じた。