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中野晃一「右傾化する日本政治」

右傾化する日本政治 (岩波新書)

右傾化する日本政治 (岩波新書)


 今回、紹介するのは中野晃一「右傾化する日本政治」(岩波新書,2015年)です。1980年代以降の日本政治を「新右派転換」というキーワードで分析しています。右傾化というと歴史修正主義の安倍政権、小泉政権時代に北朝鮮拉致問題や日韓W杯などで見られた「ぷちナショナリズム」など、大日本帝國の肯定とか愛国心の高まりといった面が取り上げられがちですが、この本では新自由主義ネオリベラリズム)」と「国家主義ナショナリズム)」が手を取り合って新右派転換が進んでいるとして、中曽根政権から新右派転換が始まったとしています。それはイギリスのサッチャーアメリカのレーガンといった世界的な新自由主義の流れに乗って登場しました。
 この新右派転換は政治エリート主導で進められ、そのプロセスは一直線に進むものではなくゆり戻しを挟みながら、「寄せては返す波のように」進んでいることに特徴があります。新右派転換を主導した政治リーダーとしては中曽根、小沢一郎橋本龍太郎小泉純一郎安倍晋三があげられます。
 新自由主義とはハイエクフリードマンによって提唱された経済理論です。経済活動の自由を重視し、政府や社会・労働組合による介入・規制を排除した自由な市場、貿易を推奨しています。「小さな政府」、規制緩和地方分権労働市場の流動化を目指しています。国鉄電電公社民営化、郵政民営化といった一連の民営化路線や派遣労働の解禁といった労働市場規制緩和、TPPによる関税撤廃・自由貿易の推進などがあげられます。新自由主義は「小さな政府」を目指しているため、政府・国家の権力は弱くなるかのように思われがちですが、新自由主義的な改革に抵抗する「既得権益」「抵抗勢力」(既存の業界団体や労働組合、地域社会など)を抑え込むために、政治的には内閣機能の強化、首相官邸への権力集中など、国家中枢の権力はむしろ集中・強化されます。
 国家主義とは国民の統合・主権・自由よりも国家の権威・権力の強化が優先されることをいい、国家権力を強大にするため国民意識愛国心を煽る政治手法が用いられます。「日本を、取り戻す。」という自民党のスローガン、中国・韓国との領土問題・歴史問題によるナショナリズムの扇動などがあげられます。

 この本では序論で新右派転換の見取り図を示し、第1章では55年体制での「旧右派連合」と「革新勢力」による政治を取り上げ、第2章で中曽根から森までの1980年代から1990年代の政治の流れを新右派転換をキーワードに分析しています。第3章では小泉以降「新右派連合の勝利」の時代、安倍政権の「反自由の政治」、寡頭支配・立憲主義破壊の政治を取り上げています。終章では民主党政権がなぜ失敗したのか、新右派連合に対抗する「リベラル左派連合」再生の条件についての提案で締めくくられています。

 新右派転換が始まるまでの時代の日本では55年体制下で旧右派連合と革新勢力による対立が政治の軸でした。政権を握っていたのは旧右派連合の自民党政権でした。旧右派連合とは開発主義と恩顧主義が連合した保守本流を中心とした政治です。開発主義とは政府・官僚主導の経済政策、市場への介入を指します。「通産省と日本の奇跡」「ジャパン・アズ・ナンバーワン」など海外の研究者からも評価されています。政府が政府系金融機関の融資や租税特別措置、国土開発などによって市場経済に介入しながら経済の発展を促し、高度経済成長を実現させました。恩顧主義とは開発主義による経済成長の流れに乗り切れない、中小零細企業や農業・建設業・流通業などに対して補助金や公共事業などで便宜を図り、その見返りに組織票や企業団体献金を受け取ることを指します。田中角栄が象徴的ですね。利益誘導政治です。55年体制では開発主義により輸出大企業中心の経済成長を実現し、その果実を自民党の恩顧主義・利益誘導政治が分配することで、自民党政治は安定した長期政権を実現していました。開発主義を代表するのが経団連であり、恩顧主義を代表するのが農協です。この利害の異なる勢力が連合して旧右派連合が続いたのは、冷戦構造下における革新勢力を「共通の外敵」としていたからでした。
 その革新勢力は社会党統一(1955年)の頃は保革二大政党制・政権獲得が現実味をもって語られていましたが、社会党が路線対立で分裂(1960年の民社党結成)、公明党結成や共産党躍進により野党が多党化すると、社会党の政権獲得は現実味がなくなりました。一方で三分の一以上の野党勢力の存在は保守の暴走を防ぐ役割を果たしました。1970年代には公害・過密といった都市問題や労働者の増加を背景に革新自治体が誕生しましたが、環境問題や福祉などで革新自治体の政策を自民党が国レベルで取り入れ、革新と中道勢力を分断に追い込んだことで革新自治体の成功は国会での政権交代にはつながりませんでした。とはいえ、55年体制の旧右派連合は革新勢力を抑え込み政権を安定させるために階級間妥協による国民の統合・国民生活の向上に目配りした点において、革新勢力にはそれなりの存在感、意義はありました。
 旧右派連合は革新勢力の脅威はやり過ごしたものの、旧右派連合そのものの抱える問題に直面します。開発主義は輸出産業の競争力を強化しましたが、日米貿易摩擦に発展します。繊維・鉄鋼・電化製品・自動車・半導体・農作物と1960年代から1990年代にかけて日米の外交問題となりました。「日本異質論」などと批判を受け、アメリカからの規制緩和・市場開放の要求により開発主義の解体を迫られることになります。恩顧主義は農村部の利益誘導政治や金権選挙による政治腐敗を招き、財界や都市中間層からの批判にさらされます。利益誘導政治・政治腐敗は公共事業予算の増大・財政赤字の拡大を招いたことで一貫して批判されることになります。
 
 この旧右派連合にとって代わったのが新自由主義国家主義からなる新右派連合です。
 新自由主義の出発点となった中曽根政権では巨額の債務を抱えた国鉄や非効率な電電公社・専売公社が民営化のターゲットになりました。その後は派遣制度の解禁、大店法(大型商業施設の出店規制)の廃止、コメ輸入の部分開放など、規制緩和・民営化が経済政策の目玉となりました。規制緩和・民営化の流れは橋本政権での金融ビッグバン、小泉政権での派遣制度の拡大や郵政民営化、安倍政権のTPP参加、途中小さな揺り戻しを挟みながらも一貫して進んでいます。この新自由主義改革を支えたのが内閣官房首相官邸の権力強化、小選挙区制・政党助成金による政党中枢の権力強化です。族議員や官僚が牛耳っていた政策立案や予算編成は首相直轄の諮問会議で決めるブレーン政治に取って代わりました。小選挙区制と政党助成金は派閥の力を弱め、政党中枢部が公認権と助成金を餌に所属議員をコントロールするようになりました。新自由主義改革には抵抗勢力たる恩顧主義の利益誘導政治を押さえつけることが必要不可欠でした。
 国家主義は中曽根政権では防衛費増額、90年代は湾岸戦争をきっかけにした「国際貢献」議論に始まり、橋本政権での新ガイドライン・周辺事態法、小泉政権での有事法制、そして安倍政権での集団的自衛権行使容認の解釈改憲、安保法制へと安全保障政策では一貫して「軍事力増強、戦争できる範囲の拡大」が進んでいます。そして、90年代後半以降は「新しい歴史教科書をつくる会」「日本会議」といった歴史修正主義の動きが組織化されたことや中国や韓国との領土問題、北朝鮮拉致問題によるナショナリズムの高揚、排外主義、歴史修正主義の言論の過激化が進んでいます。新自由主義国家主義は対立するようにも見えますが、自己利益を追求する「万人が闘争する」世界観の共有、新自由主義的改革を進めるには強力な国家権力を必要となる、新自由主義改革による国民の貧困化・格差拡大のはけ口としてのナショナリズム言論・排外主義といったように、むしろ新自由主義国家主義には親和性・利害の一致がみられます。


 この本では最後に「リベラル左派連合」によって新右派連合の暴走を止めようという提案がなされています。私はその点には同意します。しかし「リベラル左派連合」を立ち上げるには国民の多くが現状に対する認識を深めて、危機感を持って立ち上がる必要があります。小泉郵政選挙民主党政権交代など国民のあいだに政治的な熱が高まることがあっても、あくまでマスコミ主導であり一時的なブームにすぎません。政治的な対立軸、政治の流れについて体系的に把握している有権者はほとんどいません。「改革」「変化」のムードに煽られた投票行動ばかりで、あれだけ騒がれた「郵政民営化」や「コンクリートから人へ」といったテーマももはや誰も話題にはしません。どうやって国民の意識を高めて「リベラル左派連合」を立ち上げるかがこれからの課題だと思います。そのためには、新右派連合の対抗勢力がなぜ「敗北の連続」なのかを分析して総括することが必要だと思います。その点、この本では詳しく立ち入っていません。また、新右派転換の流れは政治家や政党・政策を中心に説明しているので、その背景にある日本経済・世界経済の変化、有権者の意識の変化についての説明も手薄です。新右派転換は政治エリート主導ではありますが、有権者が新右派連合の政治家を支持し選挙で勝ち続けているからこそ進んできました。背景にある経済・社会・有権者心理の分析ももっと必要かと思います。
 1980年代以降の政治の流れを理解するにはオススメの一冊です。ニュースを追いかけるだけでは見えてこない本質をつかむことができます。