ナナメヨミBlog

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加藤嘉一・原田曜平「これからの中国の話をしよう」

 安保法案は強行採決されてしまい、マスコミは「一億総活躍」「アベノミクス第二章」などと「安保の話はもう終わった。これからは経済だ!」と政権べったりの報道になっています。しかし、安保法案をめぐる問題はまだまだ掘り下げる必要があります。とくに私が痛感したのは「中国脅威論」が日本国民に程度の差はあれ浸透しているということ。そして、日本国民の多くは世界第二位の経済大国である中国の実際について驚くほど知識が少なく、知ろうという意欲も薄いということです。なんとなく中国が怖いというムードがあったからこそ、憲法をないがしろにする集団的自衛権・安保法案が通ってしまったのではないかと思います。
 私はここ数年、中国に行く機会が多いです。ビジネスではなく観光です。きっかけは2012年の尖閣国有化に対する反日暴動でした。反日暴動の映像が繰り返しニュースで流されたことで日本の対中国感情は一気に悪化し、旅行者も激減しました。でも私は違和感がありました。なぜなら、中国には言論の自由がありません。そんな国で発生するデモ・暴動というのは何かしら政府の誘導なしには成り立ちません。だったら、あの反日暴動というのは中国政府・共産党による官製デモにすぎない、本当の中国というはどういう国なんだろうという疑問がふくらみ、一度行ってみようと考えて出かけました。2012年末に初めて中国を訪問しました。そこでみた中国とは高層ビルが乱立し、街にはモノがあふれかえり、若者はスマートフォンタブレットを使いこなして垢抜けたファッションを着こなす、日本とあまり変わらないような人々の姿でした。コンビニに行けば日本ブランドの商品もたくさんあります。政治的な問題とは別とすれば、中国人にとって日本とは憧れであり追いつくべき見本になっているという印象を強く受けました。それから毎年のように中国という国の奥深さ、不思議さに惹かれて旅をしています。


これからの中国の話をしよう

これからの中国の話をしよう



 その中国についてマーケッターの視点から分析したのが加藤嘉一・原田曜平「これからの中国の話をしよう」です。この本は面白いです。中国を「社会主義か否か」「民主主義か否か」という基準でしか批判しない左派でもなく、中国はいかに危険か・いかに愚かかなどとヘイトを煽る右派でもなく、現代中国の若者世代の分析を手掛かりにどうやって日本企業は中国でモノを売り込んでいくか?どうやって日本人は中国と付き合っていくか?ということが議論されています。
 ここで中心的なテーマになるのが「八〇後」と呼ばれる1980年代生まれの世代です。八〇後は改革開放路線が始まった時代に生まれ市場経済による急激な経済発展と外国の消費文化の流入で中国が激変するなかで育ってきました。その特徴として、市場経済とともに育ったこと、一人っ子が多いこと、ホワイトカラーが増えた、中国のインターネットユーザーの中心を占める、という4点が挙げられています。日本では若者はマイノリティですが、中国では多数派であり、これからのビジネス・政治経済・文化交流において重要な意味をもつ世代です。社会が激変するなかでトップランナーとして生き抜いてきた一方で、古い時代の価値観との板挟みから保守的な一面も見せる世代でもあるといいます。消費文化を享受する一方で、民主化運動に取り組んだ上の世代のように体制を揺るがすような批判はなく、就職・キャリアに響くことをおそれ政治的には保守的な世代です。
 八〇後は同世代の数が多いため、非常に競争が激しく(日本の団塊ジュニア世代に似ていますね)、都市部での生活に疲れ果てて不安を感じている人も多いそうです。それが反エリート主義・反日暴動に結びつく下地にもなっているようです。また、中国は経済成長が著しい一方で、「国進民退」というように国だけが成長して国民は追いついていない・それどころか下がっているという認識も広がっています。GDPで中国が日本を追い抜いたことは日本では大きな衝撃でしたが、中国ではさほど話題にならなかったようです。それもそのはず、いくらGDPが増えようが生活は苦しくなる一方、不動産価格・物価は上昇しつづけ、さらに「マイホーム」「結婚しろ」というプレッシャーから身を守るために「ゴム人間」とよばれる無神経・無痛・無反応な人間になってしまう人まで出現しているといいます。日本の「さとり世代」と似ているところもあります。
 そういった中国の若者にたいして日本企業は彼らの不安感・悩みを解消しますよ、という形で商品を売り込んだりサービスを提供すればいいんじゃないか?という提案はなるほどなと思いました。日本企業は親日的なエリアでは積極的になるが、そうでないところでは上手くいかないケースが多いといい、中国でも最近では撤退の動きも出てきていますが、世界第二位の経済大国である中国のそばにありながら中国市場をスルーするのはもったいない話です。
 この本ではそのほかにも「九〇後」「共産党民主化」「中国各地の気質・多様性」「金持ちと中間層」「中国人との付き合い方」「こんな中国人を雇え」など話題が多岐にわたっています。中国ビジネスに関わる人、中国について勉強したい人にはいまの中国の姿がよく分かるのでオススメです。
 中国ってなにかと一党独裁だとか言論統制だとか政治的なネガティブな話題ばかりで敬遠され、中国人の意識・ライフスタイルについて情報を得る機会が本当に少ないように思います。中国の実際のところをよくわかれば「中国脅威論」に振り回されることなく、安保法案の議論も地に足がついたものになったんじゃないかと思ったりもします。この本の著者の加藤嘉一氏は中国に単身留学して言論活動によって「中国で一番有名な日本人」と言われるまでになった人で、原田曜平氏博報堂で若者研究をしていて中国・アジア各国の若者をマーケッターの視点で分析しています。両名ともに中国各地をくまなく歩き回り、見聞きした情報・知見が満載です。中国べったりでもなく、かといって批判一辺倒でもありません。中国について知りたい人には是非おすすめします。